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「……え?」
不意にアズマの動きが止まった。ちょうど左手の銃が弾切れを起こしていたアザレアは、アズマから目を離さないままマガジンを外す。
「なんですの?急に動きを止めて……観念したんですの?」
僅かな金属音を立てて、アザレアは再び銃を構える。しかし、アズマの目にはもう彼女は映っていなかった。
「え……なんで。ねぇ、返事して――、カイト?」
「……なんですの、ほんとに」
様子のおかしいアズマに、流石のアザレアも困惑したように眉を寄せる。
ちょうどその時、大きな音とともに今まで続いていた地面の揺れが止まる。アザレアが見上げると、こちらにゆっくりと進んできていたはずの『再構築製造機』の動きがピタリと止まっている。
「ん?なんだ……、止まった?」
ローレンスも、突然動かなくなったリサイクラーを見上げて目を瞬かせる。
「こっちも、猫がおかしいんですの。一体……」
しかし、アズマは首を傾げるローレンスとアザレアを無視して、ひたすらに虚空に呼びかける。
「カイト……ねえ、カイトっ!返事しろっ。なんだ――怒ってるのかぁ?ボクがなかなか敵を倒せないから、怒ってるのか……」
――違う、
そんなはずがない。カイトの……カイトの生体反応が、失くなるなんて……
アズマはただ呆然と佇む。何度も何度も、自らの主の名を呼ぶ。
『ザザッ、』
不意にローレンスの耳に、無線連絡のノイズが走る。耳に手を当ててアザレアに目配せをすると、彼女はこくんとうなずいて引き続きアズマを睨んだ。
『……こちらアキラ。ローレン聞こえてるか?』
「こちらローレンス。聞こえています。オーバー?」
『――実は、』
やけに真剣なアキラの声。紡ぎ出される言葉の羅列は、ローレンスに少なからず衝撃を与えた。
「……そう、ですか。わかりました、こっちで対処します」
通信を切ったローレンスを、アザレアはちらりと伺う。その紫の瞳が疑問で溢れかえっているのを見て、ローレンスは答える代わりにアズマに一歩歩み寄る。
「おい、クソ猫」
「カイト……、へ、んじ、」
「おいっ!」
ローレンスは反応しないアズマに声を荒らげる。するとアズマはキッとローレンスを睨みつけた。
「うるさいっ!邪魔すんな、ボクはカイトにっ、」
「カイトは死んだ」
ローレンスは淡々とした声でアズマを遮る。刹那、その空間は静まり返った。アズマはゆるゆると首を横に振る。
「ちが……、う、嘘だっ!」
「たった今、カイトを相手にしていた奴らから連絡があった。――イツキの“精霊の加護”で灰になったらしい」
「嘘だっ!!」
アズマは叫ぶ。悲痛な声は辺りに響いた。肩で息をして、アズマは顔を伏せる。
「そんな……そんなわけがない。カイトは強いんだ。負けるわけないんだ。――ボクの“マスター”が、たかが“兵器”なんかに負けるわけがないっ」
「――でも。本当はもう……貴方だってわかっているのではないですの?」
アズマに照準を合わせたまま、アザレアは形の良い細い眉を下げる。哀れみ、悲しみ。ありふれた同情心がその表情には透けていた。
「“一心同体”なのでしょう?なら……もう、」
「うるさい、うるさいっ!」
アズマはぶんぶんと頭を振る。大きな耳がパタパタと揺れた。――大きな緑色の目はうるうると潤んでいる。
「違う。こんなの、大嘘だ。マスターもお前らも、嘘つきだっ!」
アザレアはどうしたらいいのかわからず、ただ彼を見つめることしかできない。すると、
「――苦しいよな」
小さな、ローレンスの呟きが聞こえた。