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カイトの願いに、天音はきょとんと目を瞬かせる。
「私で……いいんですか?」
「君がいいなぁ。ほら、もらってくれた後は煮るなり焼くなり、好きにしてくれていいからさ。――修繕師の君なら、僕なんかの本体でもきっと何か役に立つことに使ってくれる」
そうでしょ?と、カイトは天音を見上げて首を傾げる。天音は驚いたように息を吸い込んで……ぎゅっと両手を握り合わせた後、右手を胸に当てて深く頭を下げる。
「ご依頼、確かに遂行させていただきます……」
「――ありがと。よろしくね」
カイトはそう言ってまた天井を仰いだ。ふうっ、と大きく息を吐き出す。
「ああ、そうだもう一個!」
今度はロビー中に響き渡る大きな声だった。
「誰でもいいからさ、僕が死んだ後に……アズマを殺してあげてくれない?」
「は!?」
この言葉に目を剥いたのはアキラだった。その驚きように、カイトは声を上げて笑う。
「アズマは文字通り僕の一部だから……僕が死なない限り、あの子は死ねないんだ。……せっかく僕が死ぬんだ。あの子も殺してあげてほしい」
頼める?と、呟くカイトを見て、アキラはしばらく眉を寄せて逡巡していたが、やがて右耳のインカムに手を当てる。
「あの猫と交戦してるのは、多分将軍かローレンだと思うから……頼んどいてやる」
「ありがと……」
カイトはそう言って微笑むと、大きく咳き込んで息を吐く。肩で息をしながらイツキを見上げた。
「今度こそ、よし。お願いできる?」
「ひとりで死ね。……とは、今回ばかりは言えないからな」
イツキはため息をついた。
「横柄なやつだな。死に際で頼みばっか」
「はは……。君の友達はいいやつばかりだね。全部お願い聞いてくれた――ゴホッ、」
――はぁ、はあっ……
カイトは苦しさを飲み込んでイツキを見上げて……笑う。
「君は――世界で唯一で、一番の、僕の親友だ」
「……血迷ってんじゃねーよ。俺はお前のこと、友達だと思ったことはない」
冷たくあしらうイツキに、カイトは声を上げて笑う。その頬を、涙が滑り降りていく。
「僕は……君のそういうところが、好きだ」
「……」
イツキはいつもの能面でカイトを見下ろす。が、小さく息をついて――右手を差し出した。
「気は乗らないが……『死神』らしく、お前を殺してやる」
「君は……優しいなぁ」
カイトはそう言って笑うと、イツキの手を掴む。と、
「!?」
そのままイツキの手を引っ張り、自分に引き寄せた。
「――。」
カイトはイツキの耳元に何事かを囁く。言葉が切れた、その瞬間……
『サァー……』
カイトの体は灰になって崩れ去った。
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(目が開く。視界に人影が映る。)
『――おお!できたじゃん。僕天才かも』
(これは誰かの声。)
『――だ、れ?』
『マジ!?この見た目で喋れるのか。いいね〜。――僕は“カイト”。君の……製作者だ』
『ます、たぁ』
『そうそう!いい子だな〜、君。見た目も猫だし、僕からできてるとは到底思えないなぁ』
『いい、こ?』
『もちろん……。そうだ。せっかくできたし、名前でもつけるか』
(“ますたぁ”は目を閉じる。沈黙。)
『ん?』
(風が吹いてくる。春の風は東から吹いてくる。)
『春風……ああ、これだ』
(“ますたぁ”は“ボク?”を見る。笑顔。)
『君の名前は――』