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イツキは、ただ無表情のままカイトを見つめる。
「フッ……。なんかこの感じ懐かしいね、模擬戦みたいで。じゃあやっぱ、二対一なんてズルいよ。――どうせこれが最期なんだから、サシでいいじゃん」
「お前と1対1なんて、もう二度とやりたくなかったが。……どっちの最期になるか、見ものだな」
はあ。と、イツキは呆れたようにため息をつく。カイトはクスクスとまた笑うと――すっと表情を消した。
「僕は僕の道をゆく。だから……君を殺して、人間を滅ぼす」
「……端から、相容れないのはわかっていたから……自分の思想を覆す勇気がないなら、ここにお前は必要ない。死ね、カイト」
淡々とそう吐き捨てると、イツキはカイトに斬りかかる。カイトも同じようにイツキの懐に走り込む。そうやってまた、一対一の戦いが始まる。
「あ〜!また目を狙おうとしたなっ。顔に傷がつくからやめてっていっつも言ってるのにぃ……。読めてるからな、イツキの動きはっ」
「思考を読むのやめろ!確実に俺が不利だろうが……。いつもそうだから、目を潰そうとするんだろ」
真剣勝負のはずで。お互いの生死と、矜持と――“首都”に生きる人間すべての命がかかっているというのに、二人の戦いは本当にただのシュミレートのようだった。
楽しそうに笑ってイツキを殺しにかかるカイトと、呆れつつもカイトの体に確実に傷をつけていくイツキ。今まで誰にも見せたことがなかった、二人の戦いだった。
「……」
天音は、踊るように戦う二人をただただ見つめる。無性に息が詰まる。ぎゅっと、両手を胸の前で握った。
――もし、人間がアーティファクトを見捨てることなんかせずに、争いをやめていれば
この二人の戦いは、本当にただのシュミレートで終われたのだろうか。ありえることのなかった『もしも』を、天音はそっとなぞる。
「あはははっ!楽しい、やっぱり楽しいや。イツキと戦うの」
「……」
カイトの底抜けて明るい笑い声と、無言のまま微かに眉根を寄せるイツキ。
アーティファクトにとっての命の奪い合いというのは、初期設定に組み込まれたいわば本能のようなもの。しかし、それ以上にカイトもイツキもひたすらにこの戦いを楽しんでいた。
――終わりを約束された戦いを……
今ここいる全員が、この戦いをあっけにとられて見守ることしかできなかった。
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永く感じた。ずっと、このまま舞い続けるのかと――舞い続けられるのかと思った。
全部全部失くした。故郷も居場所も……たったひとりの友達も
――そういえば……、最初に与えられたモノをずっと持っていられるなんて、なんでそんなふうに思っていたんだろ、
思っていたよりも、あっけなく戦いは終わった。
「ガハッ!……っう」
カイトの体が壁に叩きつけられる。彼の体を押さえつけるイツキの手にはナイフが握られていて――
「いっ……てー、」
それは、深々とカイトの胸を抉っている。カイトが息を吐くと、口の端からポタポタとグリスが滴り落ちた。
カイトとイツキ以外の者たちは、じっと息を詰めて二人を見つめる。
「――終了」
イツキが静かに呟いた。
模擬戦
“大戦”中、主に北方軍で用いられていた訓練。
軍の動かし方や作戦の立て方などをボードゲームで競い合う『模擬戦略』と、実際に武器を持って戦闘訓練をする『1対1』の2種類がある。