80,
「――人が良すぎるんだ、君は」
カイトは呆れたようにイツキを睨む。イツキはニヤリと笑った。
「いや。そんなことはないな。――俺は、人間以上に“カイト”という名のアーティファクトが嫌いだ」
そう言うと、イツキは左手に嵌めたままの黒い手袋を外す。
『パサリ……』
小さな音を立てて、手袋が床に落ちた。
「好きか嫌いかっていうのは、つまるところ精神的な考え方の問題だ。種族、人種、思想――。そういう大きなくくりじゃなくて、俺が重視するのはあくまで個人の性質。人間だから。とか、アーティファクトだから。なんてのは正直どうでもいい。……つまり、俺はお前のことが大嫌いだ。今も昔も、な」
「なにそれ……。意味、わかんない」
カイトがぼそりと呟く。イツキは彼から目を離さないまま、後ろに手をのばす。
「イツキさん――?」
そっと腕に触れたイツキの手に、天音は不思議そうに首を傾げる。
「少し下がってろ」
それだけ言って天音の腕を軽く後ろに押すと、イツキはカイトに向かって真っ直ぐに駆け出す。伸ばされた手をひらりと躱して、カイトは手に持ったナイフを振るう。それを避けてイツキはナイフの刃先を掴んだ。
「っ!」
天音が息を呑む。深くナイフが食い込んだイツキの手から、また潤滑油が滴った。
しかし、そんなことも気にせずにイツキはぐっとナイフごとカイトを引き寄せる。動きを封じられたカイトは、動揺を滲ませた顔でイツキを見つめた。そんな彼の様子にイツキは鋭く叫ぶ。
「アキラっ!」
「――わかってるってーの!」
イツキの声に、この攻防に参戦する隙を狙っていたアキラは、一気に間合いを詰めるとカイトに向かって斬りかかる。
「――させるか」
カイトはギリッと歯ぎしりをすると、振り下ろされる大剣に向かって左手を上げる。すると、その手の中に突然もう一本ナイフ――というよりかは短剣が現れた。
『ガンッ!』
短剣と大剣が激しい音を立てて火花を散らす。アキラが驚いたように目を見開いた。
「はあっ!?……どこから、」
「――忘れてた。“本体”か」
イツキがその表情に僅かに焦りを滲ませる。カイトはニヤリと笑った。
「これでも、形状は『Ⅰ型』アーティファクトなんでね」
――カイトの左手に握られているのは、一振りの金色の短剣だった。錆と傷がそれが辿ってきた歴史を暗示する。普通の短剣と違い、歯車と細かく分かれた金属のパーツによって刃の角度を変えられるようになっているそれは、カイトの左手の動きに忠実に従ってアキラの大剣を振り払う。
「っ……」
アキラを跳ねのけ、イツキが掴んでいるナイフから手を離すと、カイトは微笑んでイツキに斬りかかる。
イツキは手に持ったナイフを素早く持ちなおすと、カイトの短剣を受ける。
『カンッ!』
先程より軽い金属のぶつかり合う音。カイトはどこか悲しげに眉を下げる。
「ねえ、イツキ。……ホントにもう、人間についちゃうの?」
「――答えは明確だと思うが」
イツキはそう言ってナイフを跳ね上げると、カイトに突き出す。カイトはそれを躱す刹那、静かに目を閉じて……
「あはっ!ははははっ……。そっか」
いかにも楽しげに笑った。