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「……首都の『指定修繕師』が、あんなに若いとは思いませんでした」
瀬戸がちらりと『遺物境界線』を振り返って呟く。
ニ人が境界線基地からでてくる頃には、空は夕焼けに染まっていた。
「私も驚いた。――まさか、あんな小娘だったとは……」
阿久津もうなずく。
意外ではあったが、あの的場がわざわざ手紙を出して彼女に頼んだのだ。
おまけに触れただけで死をもたらすアーティファクトを前にしても、冷静そのものだった……
――優秀では、あるんだろうな……
最後にもう一度『遺物境界線』を見つめて、ニ人のセナトスは中枢区へと足を向けた。
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「……もう、出てきてもいいですよ」
窓から赤く染まった夕暮れの光が差し込む。その光に包み込まれて、天音はそう机の上の客人に声をかけた。
タリスマンはびくともしない。普通はそれが正しい反応であるのだろうが、天音は机に近づいて腕を組んだ。
「何が嫌なのか知りませんが、元老院のあの二人は帰っていきました。……いい加減、“現身”を見せて、お話を聞かせてもらえませんか?」
呆れたような天音の言葉が、部屋に響く。一瞬、あたりに沈黙が舞い降りた。
『はあ……』
――と、ため息のような音が聞こえ、天音は顔を上げる。
ひらり。ローテーブルの奥で、黒い布が風もないのに翻る。天音の視線の先には――背の高い、黒いマントを羽織った人物が立っていた。
フードを目深に被り、その顔を見ることは出来ないが……フードから出た首元、ちょうど右の鎖骨の上辺りに、あの精霊護符が皮膚に埋め込まれるような形でついている。天音は腕をおろして、じっとその人物を見つめた。
「何故……?」
フードからわずかに覗く唇が、そんな言葉を紡ぎ出す。低く凪いだ男の声だった。
「ここまで精巧に作られた人工遺物が、現身を持っていないわけ無いので。……人間の形をしているかどうかは、私の勘ですが」
天音の言葉に、フードの人物はまた息を吐き出すと、彼女に正面から向き合うように体の向きを変える。
「私は『修繕師』の巫剣 天音といいます。――あなたの名前は?」
天音の問いに、男は少し黙り込んだ後、被っていたフードを後ろに払った。
目にかかるほど長い黒色の髪。すっと通った鼻筋に、薄い唇。眉目秀麗という言葉が似合うであろう、二十歳くらいの青年だった。
その目は自身の“本体”と同じ、深い紅色をしている。
「……“イツキ”と呼ばれている。さっき話していたとおり、『Ⅲ型』――プロテクション・タイプのアーティファクトだ」