78,
――ん?
しかし、ローレンスは不意に閉じていた目を開く。
戦闘音でも、地べたを這いずる音でも、高笑いでも無い音が耳に入る。遠く小さいその音は――ローレンスがよく聞き知ったものだった。
「っふ……」
「?――なに笑ってんのさ」
振り返ったアズマが、突然吹き出したローレンスを怪訝な顔で見る。ローレンスは微笑んだままアズマを横目で見下ろした。
「いや?――ただ、」
その音がした方向をちらりと見上げて、またくすりと笑う。
「ただ……、来てくれたんだなぁと、思って」
ぼそりとローレンスは呟く。
リサイクラーは今にもローレンスを轢いて、飲み込もうとしていた。
――その時、
『パン!パパーン――ッ!!』
軽やかな銃声とともに、ローレンスとリサイクラーの間をひらりと人影が横切り――リサイクラーが怯んで動きを止めた。
<><><>
「ごめん。ちょっとしくじった」
「“ちょっと”、なんてもんじゃないですわっ!……まったく。無事で良かったですわぁ」
鮮やかな紫のスカートが翻る。細い手が握った二挺拳銃が、ローレンスを囚える黒い蔦を撃ってバラバラにした。ローレンスは体を起こす。
「ゲンジの方に行かなくて良かったの?――アザレア」
「将軍の方に行ったら、貴方のところへ行けと言われたんですわ」
――そこに立っていたのは、ローレンスを呆れたように見上げるアザレアだった。ローレンスは苦笑する。
「過保護だな……あいつも」
「このザマならそれも納得ですわっ!バカローレンス」
アザレアは鼻を鳴らして、銃の背でローレンスの二の腕を小突く。
「相手はたかだか猫と……ちょっとでっかいリサイクラーくらいですわ!倒せなくってどうするんですの!?」
「――ごもっともで」
ローレンスは堪えきれないように笑う。そんなローレンスを睨みながらも、アザレアは不思議そうに首を傾げた。
「こんな状態になってた割に、随分余裕そうですわね」
「アザレアの――足音が聞こえたから」
眉を下げながら微笑むローレンス。アザレアは目を丸くした後、バシリと彼の背中を叩いた。
「やっぱりバカですわぁっ!」
「いってぇ……」
背中を押さえるローレンスを尻目に、アザレアは右の銃口をひたりとアズマに合わせる。
「これが噂の、アーティファクトの“分身”ですか」
「……アザレア気をつけて」
ローレンスも同じように銃口をアズマに向ける。
「こいつは“分身”の本体――今ベースの中にいるカイトを倒さないと殺せない」
「!?……なるほど、ですわ」
納得したようにうなずくアザレア。一方、アズマは気に食わない様子で鼻に皺を寄せている。
「増えたしぃ……。まあ、何人いてもみーんな、アノ子の餌になるだけなんだけどね〜」
アズマがそう言ってニヤッと笑った瞬間、再びリサイクラーがローレンスとアザレアに向かって動き始める。ローレンスが銃口をリサイクラーに向けた。
「僕たちにできるのは、とにかくこいつらを止めておくこと」
「単純ですわね。――愉しくなってきましたわぁ」
アザレアは左手の銃もアズマに向ける。彼女の表情は恍惚としたものだった。
「――たったの二人で、ボクたちに勝てるの?」
「フフッ。やってみなければわかりませんもの」
優雅な微笑み。紫色の目がキラリと光る。
――またひとつ。荒野の只中で戦いが始まろうとしていた。