72,
「こんなことをしても、無意味です……」
「僕はそうは思わないけど――まあ、死ぬのは怖いよね。人間もアーティファクトも」
う〜ん。とカイトは視線を彷徨わせる。
「でも君には死んでもらわないと。――君個人に対して恨みは無いんだけど、人間に恨みはあるから」
「どうして、そこまで人間を嫌うんですか?」
「……全部、人間に奪われたから」
ひんやりと凪いだ声。抑揚のないそれはしかし、正確に今のカイトの心を映していた。
「居場所、役割。“家族”と呼んで差し支えないくらいには大切だった戦友たち。“大戦”で人間を守って、一番の功労を上げていたやつから、人間たちは排除していった」
例えば。とカイトは顔を上げる。視線の先には――イツキが立っていた。
「イツキなんかは、その被害を一番受けたんじゃない?」
「……」
黙ったままのイツキに、カイトは微笑む。
「“大戦”終戦直後に、君が人間に封印されたと聞いた。――大人しく封印されるたちじゃないと思ってたんだけど、君は存外優しいやつだったみたいだ。この百年、人間たちに幽閉されることを君は是とした」
カイトの言葉に、アキラが不安そうにイツキを見る。しかし、イツキは振り返りもせずに黙ったままカイトを見つめる。
「一番人間に傷つけられてきたのは君だったんじゃないか?稀有な“精霊の加護”と身体能力の高さは、人間にとっては最強の武器であり――最恐の脅威だった。だから、」
昏い色をした目を静かに開く。正面からふたりの視線が相対する。
「君なら、僕の気持ちをわかってくれるんじゃない?――一番、辛い思いをしてきた君なら」
イツキはただカイトを見つめる。その紅い目には肯定も否定もない。
と、
「これ以上、憎しみを増幅させることに……やはり意味なんてありません」
不意に天音がカイトを見上げて呟いた。
「……は?」
カイトは不機嫌に眉を寄せる。
「過ぎたことを、これ以上恨むことに意味なんて無いと。そう言っているんです」
毅然とあげられた天音の視線は、透き通った蒼色だった。
「……そうだね。君にはわかんないだろうね」
カイトは抑揚のない声でそう呟く。
「全部奪われる気持ちなんて、人間である君にはわからな、」
「いいえ。わかります」
しかし、天音はカイトの言葉を遮って言う。その瞬間、わずかながら空間を沈黙が支配した。
「私も、人間が嫌いです」
――淡々と、天音は言う。その表情はとても嘘をついているようには見えなかった。
「……なに?今になって媚びるつもり?」
「媚びてるつもりはありませんが。私も、一番大切だと思っていたものを人間に奪われましたから」
カイトは彼女の真意を探るように、天音の蒼い目をじっと見つめる。その視線に加護が乗っているのは、見ている者の目にも明らかだった。天音は微かに苦しそうに表情を歪めたが、それでもカイトを見つめ返し続ける。
「確かに、人間は愚かで理不尽で身勝手で……。そういう人たちに、私も奪われたことがあります」
「――嘘じゃ無いみたいだね」
天音の目を見つめながら、カイトはそう呟く。
「それなりに古い記憶だし……。なにこれ。子供が持っているには凄惨すぎる記憶だなぁ……」
思わずカイトは苦笑する。そんな彼を、天音はただ黙って見つめ返していた。