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「っ……ぅ」
天音が掠れたうめき声を上げる。カイトの目には冷たく鋭い光が浮かんでいた。
「修繕師を殺して、それから“首都”の人間を皆殺しにする。――まあ、どのみちいつかはやるつもりだったけど、目的のひとつである“兵器”の掌握が叶わないのなら……先にもうひとつの目的を完遂するまで」
「そんなこと、させるかよっ、」
アキラは腰に吊られた鞘から、自らの“本体”を引き抜く。ギラリと強く光を反射したそれで空を斬るように薙ぎ払うと、アキラはカイトをひたと睨みつける。
「たかが五十人でも、俺たちは今までに一度もアーティファクトに“首都”の人間を殺させたことはない。――悪いが、こっちもそれなりに強いんだ」
アキラに言葉に、その後ろにいるゲンジがローレンスを支えたまま背中から両刃斧を引き抜く。
「おいローレン。腑抜けてる暇があったら指示を出せっ!」
「っ……。」
ゲンジの鋭い声に、ローレンスの肩が震える。
しかし、すぐに彼は顔を上げた。
『隊の半数はゲンジに続いてボーダー外周を警戒。残りがこいつの相手をする』
無線連絡として放たれたローレンスの声に、“兵器”たちは一斉に動き始める。アズマが舌打ちを打った。
「まだ抗うつもり……?めんどくさいなぁ」
そう呟くと、アズマはカイトを見上げる。
「外に待機させてる軍を動かすけど、いい?――こうなったら徹底的にやったほうがいい」
「構わない。好きにしろ」
カイトがうなずくと、アズマは高いところにある窓にひらりと飛び乗って姿を消した。
「追うぞっ!走れ、お前ら」
ゲンジがアズマを追ってロビーの外に出ていく。それを見送って、アキラは再びカイトを睨めつけた。
「一対二十ちょい。……さあ、どうする?」
「んん〜。その計算は間違ってるな」
カイトは肩をすくめる。その仕草に緊張感は欠片もなかった。
「僕たちの隊は、外においてあるのが百。おまけに、僕には人質があるし」
実質、不利なのは君たちだよ。とカイトは笑う。その嘲笑に、アキラはカッとなって一歩踏み出す。
「――やめろ」
……そんなアキラを、今まで黙っていたイツキが静かに止める。
「でもっ、」
「挑発に乗ればこいつの思うつぼだ」
「っ――、」
静かなイツキの声に、アキラはカイトを睨んだまま渋々下がる。
そんなふたりを見てカイトはまた少し笑った。そのまま視線を下げる。
「さて――、どうしようか?修繕師のお嬢さん」
「……」
俯いて黙ったままの天音の首元で、カイトはナイフを揺らす。ビクリと彼女の肩が揺れた。
「まだもう少し時間があるみたいだし……もうちょっとだけ遊ぼうか。世辞の言葉くらい聞いてあげるよ?」
「――こんなことをして、なんになると言うんですか……?」
小さな震え声が響く。カイトは首を傾げた。
「君さえいなくなれば、“兵器”たちは戦うことができなくなる……。違う?」
「それは、少し早計というものです」
天音は静かに顔を上げ振り返る。微かに潤んだ蒼色の双眸がカイトをひたりと見つめる。
「私が死んだところで“兵器”の皆さんが人間を守ることをやめるわけじゃないし、修繕は私が全てというわけではありません」
「でも、痛手なのには変わりない。――さっきのローレンスも君が大切みたいだし、意外に戦力だけじゃなくて戦意を削ぐ目的でも君を殺すのは有効な気がしてきた」
再びナイフを揺らすカイト。
恐怖と怒りと、名前のつけられない不愉快な感情。ぐちゃぐちゃに混ざりあった強いそれを、天音はぐっと飲み込む。




