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天音はポーチからハンカチを取り出し、それを使ってアンドロイドの体から静かにねじ巻きを引き抜く。
「……これと同じものを、百年と少しくらい前に見たことがある。“大戦”末期だったな」
アンドロイドの体を挟んで、天音の向かい側からそのねじ巻きを見つめるイツキ。その表情は苦々しい。
「とあるアーティファクトのパーツの一部で……、多分今回の件の原因であることは間違いない」
そう言うと、イツキはおもむろにハンカチの端を引っ張る。天音の手からハンカチとともに、ねじ巻きが滑り落ちる。
『カラン、』
軽快な音を立てて、それは天音たちの横の床に転がった。
「……」
「というわけで、――出てきたらどうだ?」
イツキは立ち上がってそのねじ巻きを睨んで呟く。天音は何かを悟ったように、立ち上がって同じようにそれを見下ろす。――もちろん、イツキの言葉に対する返事はない。
と、イツキが右手にはめた黒い手袋を外した。
「答えろ。じゃなきゃ、素手で触る」
イツキが腰を折る。長い指が、ねじ巻きに伸びて――触れるか触れないかの、その刹那、
『タンマっ!ここで死ぬのは嫌だっ、』
――焦ったような声が聞こえると同時に、パッと手品かなにかのようにそのねじ巻きが床から消えた。
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この様子を見ていた“兵器”たちが、にわかにざわつく。
「……やっぱりな」
イツキがひとり冷静に呟き、足元に現れた小さななにかを睨みつける。天音は彼の後ろで目を見張った後、首を傾げた。
「こ、れは……」
そこにいたのは、黒いツヤツヤした毛並みに長い尻尾、尖った立ち耳を持った――猫だった。
「あっぶね〜。『死神』なんかに触られたら、さすがのボクでもひとたまりもないね」
「猫が、喋ってる……」
天音が呆然と呟く。その猫は、天音を見てニチャアっと笑う。
「大正解だったね、お嬢さん。その博学、キミが“首都”の修繕師?ちょ〜っと焦っちゃった上に、あっけなくバレちゃった」
クツクツと笑う猫を、天音はぽかんと見つめる。天音の前に立っているイツキが、冷静な声で言う。
「お前、――あいつの部品の一部だろ?」
「お!ご明察。――流石は、カイトが“戦友”って言ってただけあるね」
その言葉に、イツキはあからさまに顔をしかめる。天音が聞いたことのある名前に目を丸くした。
「ということはやはり……、あなたはあの旅商隊の?」
「それも正解。ボクはアズマ。カイトのお目付け役……いや、カイトがボクのお目付け役?まあどっちでもいいや――ボクとカイトは一心同体なんだから」
「どういうことですか?、先生」
突然の出来事に、困惑した表情のローレンスが天音を見る。その横には、突然現れた猫を不気味そうに眺めるゲンジとアキラ。そして、この状況への対応に困る“兵器”たちが、棒立ちになってしまっていた。