62,
「あの、」
「は、はい……」
天音が声をかけると、その男はたじろぐ。その反応を不思議に思いながらも、天音は男を見上げた。
「あのアンドロイドについて、詳しく教えてください」
「あ……あなたは?」
訝しげな顔をする男に、天音は蒼い目を不機嫌に細める。
「“首都”のアンドロイドの専門家です。なにか、文句でもありますか?」
「え?いえ、――すみません」
毅然とした天音の態度に、男は気圧されたように眉を下げる。
「俺は大陸の東にあるダルグの街から来ました。……あのアンドロイドも、そこのものです」
「何故暴走したか、心当たりは?」
天音の問いに、男は考え込むように顎に手を当てるが、すぐに首を振った。
「ずっと考えていたんですが、さっぱり。ダルグのアンドロイドは人間に従順であるように作られています」
「確かに、あの街で作られる機械はある程度自我を持っていますが……安全性は高いですよね。やっぱり攻撃能力を封じているからですか?」
「!――お詳しいですね」
男は目を丸くする。
「ダルグ製の機械は攻撃能力がないことを自分たちで理解っているので、性格にも攻撃性がないやつがほとんどなんです。というか、売り物にするのはそういうやつらです」
そう言って男はゆるゆると首を左右に振ると、床に転がされたままのアンドロイドを見つめる。
「こいつも、本来は人間を攻撃するような性格じゃないんです。なのになんでっ……」
苦しそうに顔を歪める男を、天音はちらりと見る。もう一度、そのアンドロイドに近づいた。
――外部からのハッキング
天音はくたりと横たわったアンドロイドの背中に手を伸ばした。人間で言えば肩甲骨の間あたりについている小さなスイッチを押す。
『ポン!』
軽快な電子音とともに、彼女の目の前の空間に半透明の仮想画面がポップアップする。タッチパネルにするのと同じ要領で、天音はそれを操作してそこに羅列されている情報に目を走らせる。
――外部からのアクセスも、通信も無い……
「と、すると、」
天音はそう呟くと、今度はアンドロイドを仰向けに寝かせた。腰につけたポーチから妙な形のアーミーナイフを取り出す。
「思考回路の妨害?――いや、洗脳に近いのかな。それとも、回路の根本的な破壊……」
アーミーナイフを開くと、ぶつくさと早口で独り言を呟きながら、天音は体の前面についたパーツを次々に外していく。その手際の良さに、男が呟く。
「すごい。俺は修理すらできないのに」
「先生の本職っすから」
感嘆したような男に、笑いかけたのはアキラだった。ローレンスが天音に近づく。
「なにかわかりました?」
「――外部からじゃなくて、内部からかも」
天音の答えは、まるで独り言のようだった。
「通信に痕跡が無くて。できないことはないけどそれ以上に、内側からなにかしたほうが手っ取り早い……」
「すみません。やっぱり終わってから聞きますね」
せわしなく手を動かす天音の答えは、ふわふわと具体性がなく分かりづらい。ローレンスは苦笑して後ろに下がった。