60,
「片付けなって、僕“先代”の頃からずっと言ってる気がするんだけ、「黙っててください」
一足入って工房を見回しそう呟いた的場に、天音はぴしゃりと言い放つ。むうっと唇を尖らせる的場。イツキが後ろ手にドアを閉めた。
『リン!』
早々に役目を理解したドア横のベルが、くぐもった音で鳴るのを聞いて、天音は背の低いソファを指し示す。
「どうぞ」
全員が腰を下ろしたところで、的場はニヤッと笑う。
「それで?」
「……」
天音は顔を思いっきり顰めた後、サスナにアーティファクトを探すよう言われてからのことや、イツキのことも隠さずに手短に話した。
「ふーん……。女史、頑張ってくれたんだねぇ」
「子供扱いをするなと、あれほど言ったはずですが」
天音の話を聞いて、的場はニコニコと笑う。天音は心底嫌そうに表情を歪めたが、そんなことは気にせずに的場はイツキを見やる。
「……初めて見たとき、どんなアーティファクトなのか気になってたんだけど――すごいアーティファクトだったんだねぇ」
「すごい、というか。封印される程度にはおかしな能力を持っているのは自覚してるが」
不思議そうな顔をして的場を見るイツキに、彼は吹き出す。
「おかしくないよ、かっこいいじゃん。どんな攻撃も一撃必殺でしょ?……男子はそういうの憧れるから」
「何言ってんだ、こいつ」
奇妙なものを見る目になったイツキに、天音は首肯する。
「この人はおかしな人なんです」
「えぇ、僕そんなにおかしい?」
的場の言葉に、天音は深くうなずいた。
「的場さんがおかしいのか、私がおかしいのか、ずっと疑問に思っていたんですけど……。イツキさんもおかしいと言っているのでおかしいのは的場さんです」
「ああ、そういうロジックね」
苦笑する的場。その目は貶されている人間とは思えないほどに優しかった。
――その後も
的場は始終楽しそうで、天音は始終機嫌が悪くて(悪いように見えて)。そして、イツキはそんな二人のことを黙って“観察”していた。
しかし、
『リン!リリンっ!』
緊急性と焦燥とを滲ませた音色で、ドアの外にあるベルが来訪者を知らせた。
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「、どなたですか?」
「俺っす、先生」
ドア越しに答えたのは聞き知った声だった。
「――アキラだ」
イツキが呟く。天音がドアを開けると、予想通りそこにはアキラが立っていた。
「アキラさん。街の警護中ではなかったんですか?」
「俺だけ切り上げて戻ってきたっす」
焦ったようなアキラの言葉に、天音は表情を引き締める。
「なにかあったんですか……まさか、修繕?」
「いや……なんというか、」
アキラは困ったように首の後ろを掻く。
「旅商隊が持ってきた機械製品――あの、家事代行とかするアンドロイドなんっすけど、それが街中で突然暴走しちゃって」
「!――それで、」
「幸い怪我人とかはいなかったんで良かったんっすけど、そいつめちゃめちゃ暴れてて――先生、直せますか?」
「えーと……」
天音は考え込むようにうつむく。
「俺が消すのは?」
「うわっ!びっくりした、いたのかよ」
突然天音の後ろからぬっと顔を出したイツキに、アキラは驚いてのけぞる。
「いや、ダメだから。つい三十年くらい前にできた法律で、機械が暴走した場合、所有者にその責任があって――処罰のための証拠って位置づけになるから、勝手に灰にしたらダメだろ」
「……」
イツキはアキラの言葉に、何も言わずに再び部屋の中に引っ込んだ。
「私の“精霊の加護”で対処できないことは無いと思います。でも現物を見てみない限りは……」
「一応、“兵器”数人で取り押さえてはいるんで、危なくは無いと思うんすけど」
「わかりました。行きましょう」
天音はそう言って後ろを振り返る。的場が立ち上がるのが見えた。
「僕も行く」
「え?大元帥様までいるんですか――」
素っ頓狂な声を出すアキラにニコリと微笑んで、的場は天音の後ろに歩み寄る。
「女史がお仕事しているとこ、みたいなぁ」
「……大したことはしませんよ」
天音はそう言って的場を上目遣いに睨むと、アキラの後に続いて部屋を出ていく。その後ろに的場が続いて――最後にイツキが部屋を出た。
『パタン……』
ドアが微かな音を立てて閉まった。