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「あれ……。もしかして、セナトスの人っすか?」
目の前から声がして、阿久津も瀬戸もはっと顔を上げる。
――声の主は、阿久津よりも下……瀬戸よりも少し年上に見える青年だった。
炎のような鮮やかなオレンジ色の長い髪を後ろで束ね、金色の双眸は陽の光のような明るさをたたえて阿久津と瀬戸を見つめている。白い開襟シャツにスラックスと、どこにでもいそうな出で立ちをしていたが……腰に吊られた、大ぶりで細かい装飾の施された剣が、異様な存在感を放っている。
「そうだが。君は……“兵器”か?」
「はい!境界線基地所属の『Ⅰ型』兵器、アキラといいます。……なにかお困りごとっすか?」
阿久津の問いにアキラと名乗った“兵器”は笑顔で答える。その人懐こい様子に、瀬戸がホッとしたように肩の力を抜いた。
「ああ……。ここの、修繕師に用があって来た」
「……“先生”に?」
アキラは目をパチパチと瞬かせる。
「珍しいですね〜。中枢区から、先生にお客さんなんて」
彼はそう呟くと、振り返って長い廊下の先を指さした。
「この先……最初にでてくる曲がり角を右に曲がってしばらく行くと、脇にベルが付いたドアがあります。そこが先生の部屋っす。必ずベルを一回鳴らして、返事が返ってきてから入ってください」
先生、まだ仕事中なんで。とアキラは言う。
「そうか……。ありがとう、助かった。」
阿久津は礼を言って彼のそばを通り過ぎようとした。が、それをアキラが呼び止める。
「あの……、もしかして、“兵器”の修繕ですか?」
「……ああ。大元帥様からの命だ」
阿久津の言葉にアキラは不思議そうな顔をする。
「そ―っすか。……すみません、引き止めて」
「いや。それでは……」
今度こそ阿久津と瀬戸は廊下を歩き始める。その背中を見送って、アキラは密やかに呟いた。
「……あいつの他に、“兵器”になってないアーティファクトなんていたかな?」
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「ここ……ですか」
瀬戸が小さな声で囁く。
アキラに道を教えてもらってからしばらく歩くと、たしかに彼の言っていたとおり、横に小さな金色のベルがついたドアが目の前に現れた。
「間違いなさそうだな」
阿久津はそう言って、ベルについている細い革紐を引いた。
『リン!』
涼やかな高い音が一回、薄暗い廊下に響く。その直後、
「……どなたですか」
訪問者を誰何する声が聞こえた。……まだ若い、女性の声に聞こえた。
「元老院の阿久津 なるみ だ。大元帥様の使いで来た」
「同じく、瀬戸 紘汰です」
ニ人が名乗ると、僅かな沈黙の後、
「どうぞ、お入りください」
入室を許可する声が聞こえた。
「お待ちしておりました」
踏み入った部屋は薄暗く、わずかに漂うグリスの匂いが鼻をかすめる。ごちゃごちゃとものが詰め込まれた棚が、部屋の壁一面に設置され、マホガニーのデスクも、猫脚のローテーブルも、古いものであるのがわかる。
――そんな部屋の奥、唯一明るい窓際に、佇む人影があった。