58,
「巫剣先生。ここにいたんですね」
後ろから聞こえた声に、天音とイツキは振り返る。
「ろ、ローレンスさん、」
「?――どうしたんですか」
天音の強張った声に、ローレンスは首を傾げて――それから困ったように苦笑した。
「そんなに怖がらなくても……。昨日のことなら、別にもう怒ってないですよ」
優しげに微笑むローレンスに、天音は困ったように眉を寄せる。
「いえ、あの……」
「はぁ」
イツキは天音の横でひっそりとため息をつくと、後ろの修練場をちらりと見やる。ゲンジたちが木を持ち上げている。
「えと……、な、なにか私に御用ですかっ?」
天音はゲンジのためにできるだけ時間を稼ごうとでも思ったのだろう。ローレンスに問いかけると、彼は少し不思議そうな顔をした後にうなずいた。
「ええ。先生にお客様です」
「どなたですか?」
天音は首を傾げる。
「それが――、」
しかし、ローレンスが天音の問いに答えようとした、まさにその瞬間
『ドカーン!!!!!!!』
修練場の方から耳をつんざくような爆音が聞こえた。天音は驚いて後ろを振り返り、イツキは後ろを見もせずに顔を覆う。ローレンスは音がした方を見て……目を剥いた。
「は!?」
「あぁ――」
「最悪だ……」
――修練場には、今の衝撃で砂埃が立ち込めている。それが少しずつ晴れ始めると、
「よ、よぉ……ローレン」
ぎこちなく笑うゲンジと“兵器”たち。そして彼らの足元に転がっている折れた木々がはっきりと見えた。
「どういう、ことですか?」
――しばらくの沈黙の後、うつむいていたローレンスが抑揚のない声で呟く。天音が震え上がった。
「ぁ、のですね、ローレンス、さん、」
「先生は、なにかご存知ですか?――なんであんなことになってるのか、」
早口で平坦な声でそう言って、天音を見上げるローレンス。その目には一切の光が灯っていない。天音はそのあまりの恐怖に耐えきれず、正直に大きくうなずく。
「――げ、ゲンジさんたちがシュミレートをしてて……爆発が起きて、それで衝撃波であの、木が、」
「俺が通りかかったら、修繕師がそっちから吹っ飛んできた。――俺が受け止めてなかったら150%死んでたな」
イツキもしれっとそう言って前に立っている天音の両肩に手をかけると、彼女もろとも後ろに一歩下がる。
「へぇ……。そう、なんですね」
ローレンスはそう呟くと、修練場にいるゲンジを見て――ニコリと微笑む。
「っ……いや、ローレン。こ、これはだな、」
「ゲンジー、」
ニコニコと笑顔を絶やさないまま、ローレンスはゲンジに近づいてその太い腕をガシッと掴む。
「俺、言ったよなぁ……ベースの備品壊すなって、あれほど」
「こ、故意じゃないんだ!事故!これはあくまでも事故でっ」
「おまけに何、先生まで巻き込んだのか」
「いや、それはあの……」
必死に言い訳をするゲンジ。しかし、ローレンスは笑顔のままギュッと腕を掴む手に力を込める。
「……ちょっとこっち来い」
「……」
ローレンスの低い声に、ゲンジは諦めたようにうなだれる。その様子を見て、修練場に集まっていた“兵器”たちはそろそろとその場を去ろうとした。しかし、ローレンスは目ざとくそれを見つける。
「おい、お前らもだぞ」
「「!?」」
冷ややかな空気を孕んだローレンスの声に、“兵器”たちは足を止めて振り返る。
「何があったのか、よーく聞かせてもらうからなぁ……」
その言葉に、修練場はしんと静まり返った。