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「正確には、アーティファクトの現身ですね。今のも多分、どこかに“本体”が取り付けられていたと思います」
あたりを見回す。数十体の死体に囲まれたここは、文字通り“死んだ”空間だった。
「ここにある死体は、全てハイディングスキルが高いものばかりです。その気になれば人間の目では完全に見えないように隠れることくらい簡単だし――多分、“兵器”の観測をかいくぐることもできると思います」
「索敵に引っかかるのにやけに時間がかかったのはそのせいか」
イツキの言葉に天音はうなずく。
「とすると、目的は恐らく、」
「“首都”への侵入、か……。だとすると、こいつらを動かしていたのはカイトだろうな」
死体を見下ろしてイツキは呟く。その表情は冷ややかだった。
「相変わらず――趣味の悪い奴」
「……」
天音は黙ったままイツキをちらりと横目で見上げる。すぐにその目線は、再び死体たちを見渡した。
「とにかく、回収だけしちゃいましょう。――あまり遅いと、また怒られそう」
「……ああ」
静かな賛同に、天音はふうっと息をついた。
広大で不毛な土地が、足元に広がっていた。
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――戦線歴2120年 5月3日
『こちらA班。午前中の“壁外”地区の見回りを終了する。オーバー』
「了解。お疲れさまでした」
五月に入りますます暖かくなる“壁外”の街は、今日も旅商隊で賑わっている。ボーダー三階の張出し窓から、ローレンスは外を見回した。
「――こちらローレンス。A班の見張りが終了しました。ボーダー西側の通用口で引き継ぎをしてください。オーバー」
『こちらB班。了解っす!』
ローレンもお疲れ〜。と笑う声が耳元で響いた。ローレンスの脳裏にオレンジ色の髪を翻す青年の姿が浮かび――思わず微笑む。
その後、いくつかの無線連絡を拾いながら、地上の修練場に移動する。いくら後方支援が専門とはいえ、ある程度体を動かさなければ鈍ってしまうというものだ。
――ここ最近、“首都”への攻撃も激化してるしなぁ
一週間前の交戦を皮切りに、二日に一回のペースで敵のアーティファクトが攻め入ってきていた。“災厄”が起きてからのこの五十年で最も頻度が高い状態になっている。
この時期は、“首都”の市民だけでなく外部から来ているキャラバンも守らなければならない。ここで生きている数億人の人間の命を、わずか五十名弱の“兵器”たちが繋いでいる。
――『きみは……何かを壊すためじゃなくて、』
「何かを、守るために……か、」
“壁外”の街は、今日も賑やかだ。窓から見えた人の波を想いながら、ローレンスは片眼鏡にそっと手を添える。
「わかってますよ。――マスター」
今、ここで生きるアーティファクトに託されたことは、戦による破壊ではなく自らの犠牲で他の誰かを守ることだ。
人間とともに歩む“兵器”たちにとって、それは至上命題であり――たった一つの“正義”だった。
「……行くか、」
止まっていた足を、再び前に出そうとする。
と、
「こんにちは、ローレンス」
後ろから聞き知った声が聞こえて、ローレンスは後ろを振り返った。