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「――あなたはアーティファクトだからいいかもしれませんけどっ、私は人間ですからね!あんなとこから落ちたら死んじゃいますから、」
「うるさいぞ修繕師。黙ってろ」
「……なんだぁ、アレ」
――カイトとアズマの真上を、奇妙な二人組が通り過ぎていく。
白い髪を揺らす華奢な女を、黒ずくめの男が抱えて家々の屋根の上を、ボーダー方向に走っていく。わけのわからない構図だが、カイトはその男の方に見覚えがあった。
「あいつは――」
脳裏に、かつて北方軍で『死神』と呼ばれた“戦友”の紅い目が浮かぶ。
「あの女、昨日の奇妙な客じゃないか?」
呆けるカイトは、アズマの言葉に現実に引き戻される。
「……マジ?」
「マジマジ。ボクの目を疑わないでほしいな」
いつものように得意げにニチャアと笑うアズマ。カイトは何かを思案するように顎に手を当てる。
「ふーん……。アズマ、大当たりかも」
「何がぁ?」
ぐうっと伸びをしながら、アズマは間延びした声で返事をする。カイトはニヤリと笑った。
「昨日の奇妙なお客は、どうやら君の読みどおり嘘をついていたみたいだね」
「ほお?」
――彼女がつけていた紅い宝石の精霊護符。“首都”で修繕師と呼ばれる人間は、たったのひとりだけ……
「僕たちは――目的のものを見つけられたみたいだ」
細められた緑色の目に、妖しい光が灯る。
乾燥した“壁外”の街に、一陣の風が吹いた。
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「――すんごい、怒られた」
「当たり前だ」
『遺物境界線』外周。
むくれた顔をして歩く天音の隣で、イツキはため息をつく。
――つい三十分ほど前に急いで帰ってきたが、敵の数が少なかったこともあって、もうとっくに戦闘は終わっていた。
代わりに、鬼のような形相で待っていたローレンスにポリティクス・ツリーに行っていたことを説明することになり――イツキもろとも、こってりと絞られることになったが。
「怖かった……」
「ローレンス、あんな大声出るのな」
イツキがその時の状況を思い出して遠い目をして呟く。疲れたようにため息をついた天音はいつものように、地面のそこかしこに転がっている“死体”の横にしゃがみ込む。
「……最新機種ですね」
ボロ布のように投げ出されたそれは、見た目だけならよくある『Ⅰ型』のアーティファクトだった。虚ろに見開かれたガラス玉の目を、天音は覗き込む。
「『再構築製造機』がつくったやつじゃないのか」
「ええ――」
それに。と天音は死体の上着を脱がせる。
「かなり性能の良い隠蔽能力が付与されています」
彼女は、上着をイツキに差し出す。訝しそうに彼がそれを受け取った瞬間――
「!?」
その上着は消滅し、後には僅かに灰だけが残った。
「――と、いうことは、」
「はい。それ自体がアーティファクトなんです」
イツキは手に残った灰を眺める。天音は立ち上がった。
カイト(製造は第一次機械戦争中)
種族:アーティファクト(Ⅲ型)
プロテクション:《深層の証言》瞳を見た者の深層心理を引き出す能力。
かつてプロテクションを使って北方軍で諜報員をしていたアーティファクト。外部のアーティファクトとして、“首都”壊滅のために暗躍している。
アズマ
種族:アーティファクト(Ⅱ型)
カイトと行動をともにする、猫の現身を持ったアーティファクト。しかし、その正体は……