52,
執務室の面々に緊張が走る。
「敵襲!?」
「マザーからの連絡は?」
「いやっ、“兵器”に指示を出すのが先だ!」
セナトスの三人が焦ったように言葉を交わす。そんな様子を見て、的場は静かに口元に人差し指を当てた。
「――静粛に」
その一言に、三人ははっと口を閉ざす。
的場は部屋の隅に置かれた立体映像投影機を起動させ、映し出された“首都”の街並みに指を滑らせる。
「優先は人民の安全の確保だ。ひとまず、『遺物境界線』の内側六百メートル圏内にいる住民と商隊を全面退避させる」
できるね。と的場は三人を見つめる。その視線に、阿久津が右耳のインカムに指示を入れ始めた。
瀬戸とルイスが、再びスクリーンを覗き込む。
「茜様、敵の位置って、」
「まだマザーから連絡は入っていない」
瀬戸の問いに的場は首を横に振る。
と、
「あー、もう。なんでこんな時に……」
そう、苦々しく呟きながら、的場の横をもうひとりが通り過ぎる。
「女史……?」
声をかける的場をよそに、天音は部屋の壁の大部分を占める大きな窓に駆け寄ると、黙ったままボーダーに目を凝らす。けたたましい警報とは裏腹に、その景色には何の代わり映えもない。
――戦闘は始まっていない……
「仕方ないか、」
それを確認するやいなや、天音は右のポケットから何かを取り出す。
「イツキさん、索敵ってどのくらいの範囲で使えますか?」
「修繕師、殿?」
虚空に向かってそう問いかける天音を、振り返った瀬戸が不思議そうに見つめる。すると、
「……今ここから視ろと?」
セナトスとも的場とも、もちろん天音とも違う低い声が聞こえ――
「「?!」」
「女史、?」
気がつくと、天音の隣にもうひとり背の高い人影が立っていた。
的場は目を見開いて天音を見るが、彼女はそれを無視して再び窓の外を見る。
「戦闘が始まっていないということは、境界線基地のメンバーも敵を補足できていないということです」
「――三,四十キロが限度。警報が鳴ったってことは、ギリギリ範囲内ではあると思うが、」
それだけ言うと、イツキは窓の外に目を向けて、すっと目を細める。
「だ……誰なんだ、いったい!――」
ルイスが珍しく大声を上げるが、そんな彼を天音が睨む。
「少し黙っていてください。観測が狂います」
その声に、ルイスは気圧されたように立ちすくむ。
しばらく、息を殺すような沈黙が辺りを支配した。
「……見つけた」
しばらく経って、不意にイツキが囁くような低い声で言う。天音は彼を振り返った。
「どこに?」
「――ここ」
イツキはセナトスたちが覗き込んでいるスクリーンに歩み寄ると、ボーダー外の一点を指し示す。
「ボーダーまではだいたい五百メートル前後、この前と一緒だな。数は五十」
「第一通用口の側ですね」
天音はそう言うと、腰に下がっているケースの中から大振りな無線機を取り出し口元に持っていく。
「テステス。……こちら巫剣。ローレンスさん、応答願います」
『――へ?巫剣先生!?』
トランシーバーから聞こえる少し音割れした声は、ローレンスのものだった。