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「何をしている」
「れ、レイファン様……、何故、こちらに――」
塔の方から現れたのは、ここで働く全職員の上司であり――首都大元帥直属の部下でもある元老院のひとりだった。
ルイス・レイファンという名を持つ、常に薄い笑みを浮かべているこの青年は、今のこの状況を見て、更に口角を上げる。
「駄目じゃないか、その方は大元帥様のお客人だ」
「へ?」
門番は改めて修繕師を振り返る。しかし、彼女は――何故か訝しそうな顔をしていた。
「昨日突然決まったことだから、連絡が行き届いていなかったか……。まあいい」
ルイスは、どこか芝居がかった仕草でため息をつくと、修繕師に歩み寄る。
「失礼いたしました。監督が行き届いていなかったようで」
「はあ……」
目の前に立つルイスを見上げて、修繕師はきょとんと目を瞬かせる。
「さあ、こちらに。大元帥様がお待ちです」
ルイスはそう言ってにっこりと微笑むと、修繕師を連れて歩いていってしまう。
「――なんなんだ……?」
状況がよく飲み込めないまま、門番の男はひとり取り残された。
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「あの、」
「いや、本当にすみませんでした。――なにせ、急だったもので」
「……いや、あの」
止まること無く喋り続ける元老院の男に、天音はただただついていくことしかできない。
門に着く前に外してポケットに入れておいた精霊護符を、天音は無意識のうちに握りしめていた。
『苦しい……』
イツキから抗議の声が聞こえ、天音は慌てて手を少し緩める。
「そろそろいらっしゃるかと思って、待っていて正解でした」
「いやあの、私――あなたとお会いしたこと無いんですけど」
修繕師として働き始めて六年経つが、あの門番の男にも止められてしまうほど、天音の顔は首都中枢塔の役人たちには知られていない。それなのに何故、初対面にも関わらず、この男は修繕師だと名乗った天音のことを信じたのか。
「ああ――失礼しました。セナトスのルイス・レイファンと申します」
ルイスは立ち止まって優雅に敬礼する。天音は彼の様子をじっと観察した。
「レイファン――ということは、あなたは『高貴なる人々』の……?」
「ええ。しがない元没落貴族一家の末息子ですよ」
ルイスはそう言ってにこやかに微笑む。
――金髪碧眼が一般的なアリストクラシーだが、彼の髪色は宵闇のような藍色だった。青い目も、暗い色をしているため、名前を聞かなければ元貴族の家の出だとは誰も思わないだろう。
「貴女のことは聞き及んでいます。――“首都”防衛の第一人者だとか」
「……でも、顔を見ただけではわからないでしょう?」
再び歩き始めたルイスを追いかけながら、天音はまた尋ねる。気がつけば塔の入口まで来ていた。
屋根の下に入って傘を閉じる天音の隣で、同じように傘を仕舞いながらルイスはくすくすと笑う。
「大元帥就任式典のとき、お見かけしましたので。お話してはいませんが、俺はこう見えても記憶力がいいんですよ」
「――なるほど。そういう」
納得したようにうなずく天音に、ルイスは塔の中の長い廊下を指し示す。
「では、参りましょうか」