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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter16,『英雄たちのエピローグ』
475/476

475,

「ソ、ル……これ、わたし、」


「うん――わかっているよ。全部君のものだ」


 窓から離れたここは薄暗く、いつも賑やかな基地内のどこよりも静かだ。硬い木の扉には真鍮製のドアノブ。金色のベルはこの部屋の主を呼ぶためのもの――


「わたし……わたし、なんでこんな」


「混乱しているね。怖がらなくても大丈夫だから、まずは入ってみてごらん?」


 涙があふれて止まらない。拭うことすらできない。ただぼんやりと滲む彩度の低い青の風景の中、ドアノブを掴んで回した。


 ――『***は……本当にいい子だな』


 例えばそれは、私をここまでつくりあげてくれた人のもの。


 ――『***ちゃん。へえ、いい名前だね』


 例えばそれは、いつも見守ってくれている人のもの。


「あ……あ、」



 ――『好きだ』


 例えばそれは、この世界で一番愛しいひとのもの。

 何故。


「どうして……こんな大切なこと、いっぱい……思い出せなかったの……?」


「……」


「私は誰? なんで――だって、私、」


「――ごめんね」


 贖罪の声にはっと振り返る。仄暗い機械ランプの明かり。青に堕ちた風景。鼻を刺す機械油(グリス)の匂いがまだ残る部屋の中に入ってこないまま、ソルは静かに首を横に振った。


「世界のために、“未来”のために君を犠牲にした。君という存在そのものを――全部、僕の力不足だ」


「……」


「もちろんわかっているよ。君がすべてを覚悟して『英雄』になる選択をしてくれたってことは」


「じゃあ……なんで私は、今」


 ここにいるのだろうか。

 記憶はおぼろげではっきりしない。曇り硝子を隔てたような曖昧な自分の存在。それでもなおはっきりとわかる。確かにあの瞬間、自分は消えたはずだった。


「君はこの世界最大の特異点(アノマリー)にして、この世界で最も“神”に愛された贈り物だ。偶然、幸運――あまりにも都合がよすぎるが、僕にだってそう説明することしかできない。あとは――僕が君にしてあげられる最初で最後の罪滅ぼしだから」


 扉を境界線にしてあちらとこちら。しばらく蒼の視線はじっと見つめあう。


「私は……誰?」


「僕からは教えてあげられない」


 短い問いにソルは申し訳なさそうに眉を寄せて、しかしどこか超然とした穏やかな表情で見つめている。


「大丈夫だよ。君はすぐに全部思い出すことができる……君は愛されているから」


 ふっと、ソルがまとう空気が揺らいだ。陽炎のようなわずかな揺らぎは次第に大きくなって、空間が捻じ曲がるようにゆっくりと動き始めた。


「っ、ソル!?」


「……時間だね」


 ソルは笑っている。視界がかすむ――少しづつ周りの物の形が不確かになっていく。思わず手を伸ばすと、ソルは静かに頭を振った。


「行きなさい」


「っ……」


「君は愛されている。この世界のすべてから――たったひとりの誰かから。君を奪ってしまってすまなかった」


 ぐにゃりとゆがむ輪郭。何もかもぼやけて不定形の青の塊になって落ちていく。底なしの沼のように溶け消えた風景が落ちて落ちて――ソルもその中にいた。


「待って……」


「すべて、元あった場所に戻るんだ。僕は還るし君も帰る、それだけのことだよ。でも全部君のおかげだ――君がいてくれたから、やっと終わることができる」


 白む風景の中でソルはいつものように(・・・・・・・)笑った。花の咲くような美しい笑顔は、儚く散る終わりにふさわしい。


「ありがとう――君がいてくれてよかった。最後に君に会えてよかった……僕もね、君のことを心から愛しているよ」


 少しずつ感覚が消えていく。真っ白に飛んだ視界。手先の感覚はとうに失われていて――

 音が消える瞬間、小さな笑い声が聞こえた。



『僕が愛する君と彼が、世界で一番幸せなふたりでありますように』

次回、いよいよ最終話になります。最後まで応援よろしくお願いします!

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