表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter15,『未来について、君について』
470/476

470,

 ――戦線歴2121年 4月10日


「あなたと出会って、一年が経ちました」


「そうか」


 よく晴れた空には春めいた風が白雲をなびかせている。その風景は一年前と変わらず、しかし一年前と違って戦いの起こらなくなった荒野には植物が芽吹き始めている。


「長かったですね。色々ありました」


「ああ」


「その度に、あなたと仲良くなりました」


「……」


 懐かしむような天音の表情は明るい。柔らかな微笑みは――あの日見たものと何一つとして変わらない。


「大好きです、イツキ」


「……」


「私、最低ですね。あなたにこんなことを言って、あなたのことを縛り付けて……それなのに私、ここまでが限界点なんです」


 窓からさす暖かな光を背にして天音はずっと微笑んでいる。その表情は、なにも変わらないのにすべてを物語っていた。


「ソルを元に戻す算段がつきました。“器”が観測した最新の情報によって、私たちが『未来』を変えるために手を出すことのできる最終分岐点が――明日の朝やってきます」


「……これ、以上は、」


「どうにもなりません。“器”も、マザーも他の“兵器”のみなさんも、元老院(セナトス)や的場さんまで協力してソルの復活以外の道を探してくれたそうなんですが……もう、潮時みたいです」


 ずいぶんと急な話だった。しかし、不思議と天音は冷静に構えている。


「イツキもたくさん考えてくれましたよね。私本当に……本当に、嬉しかったんです。最後まで諦めないで足掻けたから、私も覚悟が決まりました」


「……」


「そんな顔……しないでくださいよ」


 苦笑する天音はイツキに歩み寄って、そっと彼の頬に手の平を当てる。ついっと視線をそらした紅い瞳は苦しげに歪んでいた。


「俺は、何もしてやれない」


「そんなこと無いですよ」


「お前のことを、見ていることしか……」


「イツキが隣りにいてくれたから頑張れたんです。最後の最後まであなたは私と一緒に足掻いてくれたから」


 天音はそっとイツキの背中に手を回す。


「私、私がいなくなることで誰かを救うことができるならそれでいいと思っていたんです。誰でもいいから私によって救われてほしいって……本当は未練タラタラで苦しくって。でも、今は違うんです」


 抱きしめ返す。腕の中のぬくもりはいつもと同じ最愛。何度触れても足りない――触れれば触れるほどに欲が増えていく。


「私は私のために世界を救ってみせます。私は自分がいるこの世界を……私のいちばん大切なあなたが生きるこの世界を守るヒーローになるんです」


 天音はどこか得意げに笑う。そのおどけた表情が――イツキを安心させようとするものであることにはとうの昔に気づいている。ほんの少し睨むイツキに、天音はくすくすと笑い声を立てた。


「不可抗力じゃなくて、私の意志になりました。私の決めた未来ですから悔いないように頑張ります。何をするわけでもないと思うので頑張りようがありませんが……心配しなくても、やっと私の中で納得がいきましたから」


「俺が納得できない」


「ええ……?」


 ぎゅうぎゅうとものすごい力で抱きしめられて、天音はまた笑い声を上げる。無表情のイツキと正反対に見えるが、本当はまったく同じ気持ちでいるのだ。


「私だって……私だって、イツキと会えなくなるのは嫌です。だからイツキ……ひとつ約束しましょう?」


「……?」


 ふっとイツキが腕を緩めると天音がじっと彼を見上げていた。


「私のこと、ずっと忘れないでいて欲しいんです」


「それは、」


「私がいなくなっても、私がここに存在したという証明をあなたに持っていて欲しいんです。あなたを置いていくのに、それなのにこんなお願いをするなんて最低すぎるんですけど……」


 天音の表情はどこまでも真剣そのものだった。深い深い蒼にイツキは見惚れる。


「イツキが覚えていてくれたらきっと、私はまだ生きていられるんだと思います。私という存在が消えても、私はまだイツキのそばにいたいです。だから、」


 私のことをずっと覚えていてください。

 天音の言葉尻は、イツキが彼女の頭をグシャグシャと撫でたことによってかき消された。ぎゅっと目を瞑ってしまったその刹那の彼の表情を天音は知らない。


「そんな約束……もうとっくにしてあるだろ」


「……」


 ――『私のこと、忘れないでください』


 あの冬の夜の衝動的な懇願。イツキはそれをしっかりと覚えていた。


「お前に与えられたすべてにかけて……お前のことを絶対に忘れないことを約束する。忘れるものか、何があってもこの記憶だけは絶対に手放さない」


「……っ」


 背中に回った天音の手がぎゅっと握られる。昂った感情の中に二人で、それでも春の日差しは穏やかだった。


「この身体も、生きる権利も居場所も……お前を愛しく想う心も、ぜんぶお前からもらった。だから失くさずに全部持って俺も生きる。これでいいか?」


「……相変わらず、欲しい答えをみんな言ってくれるんですね」


 今にも泣きそうな顔で、二人で向き合って笑い合う。今ここで、静かに幕を引いて――未来のない二人は、それでも幸せそうに笑うことしかできなかった。

駆け足になってしまいましたがChapter15,『未来について、君について』はこれで完結になります。次回からはいよいよ最終章。どうか最後まで応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ