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『ここ、貴族街か……?』
不意に聞こえたイツキの声に、天音は傘の中から街並みを見上げる。
“壁外”地区を通り過ぎて、更にポリティクス・ツリーに近づくと、街の様子は様変わりする。
街のごちゃつきがなくなり、整然と並ぶ白い壁の家たちと、所々にそびえ立つ尖塔が荘厳な雰囲気を醸し出している。
「そうとも言えますね。――ここは中枢区です」
この地区は、“壁外”と壁によって仕切られていて、“大戦”中、アスピトロ公国で台頭していた貴族の末裔――今では『高貴なる人々』と呼ばれる人間たちや、裕福な大商人などが住んでいる。
『アスピトロの本陣が置かれてた街だろ?、ここ。――随分、様変わりしたんだな』
「もしかして、来たことがあるんですか?」
天音は少し驚いてイツキを見る。
『一応、アスピトロ公国の隊に所属してたから、何回か。貴族街だったのは変わんないけど……だいぶ質素になったな。前はもっと、ゴテゴテした飾りがついた趣味の悪いところだったが』
イツキの言葉に、天音は不思議な気分になる。
「――百年も前の様子なんて、私には想像出来ないですね」
『まあ、そうだろうな。見た目はだいぶ変わってるし』
ぱちぱちと目を瞬かせながら街を見上げる天音のことが、見えているのかいないのか。イツキはぽつりと呟く。
『――ああ、そういえば。そもそも、首都中枢塔なんて無かったし』
「え……、そうなんですか?」
イツキの意外な言葉に、天音はポリティクス・ツリーを見上げる。ヌークリアスに建っているどんな尖塔よりも高いそれは、灰色の雲の下でもなお圧倒的な威圧感を持っていた。
「ああいう建物が、もともと建ってたんじゃないんですか?」
『一応、大公の城があったけど……、“大戦”で綺麗サッパリなくなったからな。俺が最後に見たとき、ここらへん一帯は更地だった』
「……」
天音は、そのときの様子を想像しようとする。
更地――建物もなにもない、不毛な場所なのだろう。そう、ちょうど……
――『遺物境界線』の外側みたいに
『――封印が解かれて、初めてあの塔を見た時には、正直引いた。あんな戦争から、たかだか100年であんなモノ建てるなんて……人間って、行動力の塊だな』
呆れたような――それでいてそれを肯定するような。不思議な響きを帯びたその言葉は、意外にも天音の胸にストンと収まった。
「そうかもです……。人間は、ほんの少ししか生きられないのに……それなのに、何故か生き急いでるんです」
天音は、まるで独り言のようにそう呟く。イツキは何も言わない。
雨の降る中枢区を、二人は首都中枢塔を目指して歩いた。
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「この先は、許可された方しか入ることができません」
――ポリティクス・ツリーの外門。門番に止められる、傘をさした人影がいた。
その人物は億劫そうに傘の陰で外套のフードを脱ぐ。さらりとした長い銀髪が背中に溢れだす。
「境界線基地より参りました。『指定修繕師』の巫剣 天音と申します」
深い蒼色の瞳が、門番の男をひたと見据える。その不思議な、しかし静かな威圧感に、男は少したじろいだ。
「事前に、大元帥様にご連絡は差し上げてあるはずですが」
「いや……そう申されましても。それを証明できるものがないと」
門番は困ったように頬を掻く。修繕師を名乗る少女は不機嫌に眉をしかめた。
「待っていると言っていたのに……大元帥は」
大層機嫌が悪くなった目の前の少女に、門番はどうしたものかと顎髭を撫でる。
――その時、
「何をしている」
後ろから聞き知った声が聞こえ、門番は飛び上がりそうになった。