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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter15,『未来について、君について』
466/476

466,

「お前が何を見たのかは知らない。お前が何を知ったのかも知らない。でも、お前がなにか酷い思い違いをしていることはわかる」


 怯えたのか、今にも泣きそうに潤んだ瞳。胸の前で握りしめられる小さな手は彼女の動揺の証。イツキは天音の肩から手を離さないままにそっと体を引く。


「ごめ……なさい……」


「何に対して謝っている? 俺が何故怒っているのか、お前は本当に理解できているのか?」


 きゅっと桜色の唇が引き結ばれる。思ってもいないことは言わない。わからないことはわからないから、彼女はこうして口を噤む。こういうところは本当に誠実だ――それこそ馬鹿がつくほどに。


「……ほんと、変なところで鈍いんだな。お前は」


 ため息と滲むかすかな苦笑。言わなければ伝わらない――人間もアーティファクトも、結局は皆そういう存在だった。


「お前はこの世界を救うことを考えている。街も、人も、アーティファクトですらも守ろうとしている」


「……」


「その上、俺のことまで考えている。どうしてそこまでありとあらゆることを思考できるのに……自分のことは考えられない?」


『私なんて』

 この言葉に込められた天音の中における物事の優先順位。


「お前はいつもそうだ……いつも他人のことばかり考えて、自分のことなんてまるで考えていない」


 自分でない誰かが助かれば、自分でない誰かが救われればそれでいいと思っている。自己犠牲は大変結構だが――


「そうやって、自分のことを考えないまま……俺を置いていくんだな」


「!?」


「俺をまた(・・)ひとりにするんだな。お前は……お前はソルじゃないくせに」


 気がついたら、また抱きしめていた。情けない――まるで縋り付くような格好になっているのはなんとも腹立たしいが、そんなことを気にしていられるほどの余裕はなかった。


「ソルが戻ってくるのが嬉しいかと聞かれたら、正直嬉しくないはずがない。俺はもう“ルナ”じゃ無いのにこの感情はおかしいのはわかっているが……もう一度会って話ができるとしたら、それを望んでいる自分がいる」


 でもな。

 天音の表情は見えないが小さく縮こまった体が僅かに震えている。それがすべてだった。


「天音と引き換えなら話は別だ。俺は今お前を失ってまでソルと会うことは望んでいない。今の俺は“イツキ”だ……俺が大切に思っているのはソルじゃなくてお前だから」


 天音は必死に自分とソルを分けて考えようとしている。イツキとルナのことも別のものであると割り切って考えようとしてくれている。しかし、どれだけ必死になっても混同してしまう部分があるんだろう。過去を棄ててしまいたくて足掻くイツキですらそうなのだから。


「世界の存続とかそういうことは一旦置いて俺の感情だけで言わせてもらうとすれば、俺はソルじゃなくてお前が欲しい。だから変な気を回してソルを復活させようとしなくていい。もし、天音が消えようとしている目的の中に俺がいるなら……そういうくだらない気遣いは本当に捨ててくれ」


 ソルに会わせてやろうだなんて不毛な憐憫は捨てて、人間の身体でいいから一秒でも長く“天音”として自分のそばにいて欲しい。

 仮にあの“器”が言うように本当に世界が滅んでしまうとしたら――それを止めるために天音が消えなければならないとしたら、せめて最後まで消えなくて済む方法を探させて欲しい。


 イツキにとって天音は、もう失うことができない唯一無二の存在なのだから。


「……」


 天音は抱きしめられたままぴくりとも動かない。ただ呆然とした呼吸の音だけが聴こえてくる。イツキは小さく笑って彼女の耳元に口を寄せた。


「好きだ」


「……っ、う」


「まだ、足りない?」


 ほんの少しの困惑を繕って笑う。天音の肩が震える。小さな嗚咽――


「ま……い、」


「ん?」


「まだ……ここにいたい」


 当たり前のことだが、結局はそれが本心なのだろう。黒いシャツの胸元をぎゅっと握る手を見つめて、イツキは小さく囁いた。


「お前がここにいられる手立てを探そう」


 かすかなうなずきと大きくなる泣き声。人間とアーティファクトと、いつか終わる関係だったとしても――今は二人でいたかった。

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