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「ねえねえそこのお兄さん? イオと模擬戦略をするのです」
「……は? いやいや、お前今人質なんだぜ?」
「だから?」
キラキラと期待のこもった眼差しで見つめてくるイオをアキラは睨み返す。イオは頬を膨らませた。
「つまんないのですつまんないのです! イオはじっとしているのはイヤなのです! 我が君も仲良くしてもらいなさいと言っておられました」
「だーかーら! お前敵なんだよわかる? お前はその我が君とやらのための人質で、俺はその監視役だから――」
「イヤーッ! 遊ぶのですーっ!」
ジタバタと幼い子どものように駄々をこねるイオにアキラはどうすればよいのかわからず困り果てる。そんな彼の表情を見て、イオの隣で大人しく座っていたガニメデが苦笑した。
「こらイオ。ダメなのです、お兄さん困っているのです」
「……むう」
「ごめんなさいなのですお兄さん。イオに悪気は無いのです」
「お……おう」
アキラはガニメデの微笑みに今度は違う意味でタジタジする。そんな彼の後ろから、ひょこりとアザレアが顔を出した。
「模擬戦略のセットくらいなら持ってきてあげますわ」
「ちょっ、アザレア!?」
「いいじゃないのそのくらい。貴方たちだって別に、こちらに危害を加えるつもりは無いのでしょう?」
「しないのですしないのです! 我が君になにか無い限り、そういうことは絶対にしないのです」
しゅんとしょげていたイオが勢いよく顔を上げる。アザレアが苦笑して歩き去ると、呆れたようにため息をつきながらアキラはイオを見下ろした。
「俺はやらないからな? そいつに相手してもらえ」
「ええ〜?」
「いや、何がそんなに不満だんだよ……できるからいいじゃねーか」
再び不満げな表情を浮かべるイオの代わりにその質問に答えたのは、イオとガニメデの後ろにひっそりと佇んでいたエウロパだった。
「ガニメデも僕もイオには勝てない。僕たちと模擬戦略をしても、手が見え透いていてつまらないんだと」
「知らない人と遊ぶのが一番楽しいのです! まだ見ぬ駒の動かし方を学ぶチャンスなのです」
ワクワクと見上げてくる大きな目にアキラはこめかみに手を当てる。アザレアがまた彼の横に帰ってきた。
「わお、向上心の塊……ならなおのこと俺はダメだな」
「ですわねぇ。実はこのお兄さん、とーっても弱いのですわ」
「アザレア……事実だけど酷いよ……」
「ではお姉さんでもよいのですよ? 誰でもいいから模擬戦略の腕に覚えがあるひとはイオと遊ぶのです!」
きゃっきゃと嬉しそうに笑うイオにアザレアはそっと息を吐き出した。
「じゃあワタクシと一戦します?」
「いいのです!?」
「一戦だけですわ。敵のアーティファクトと模擬戦略をしただなんて、ローレンスにバレたら怒られちゃうから手短にね」
ボードを広げ始めるアザレアの向かいでイオはぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「一戦でも嬉しいのです! イオは楽しいことが大好きなのです」
ボードの上に整然と並んだ駒に指をかけて。どこか緊張をはらんだ静寂の中で楽しげにイオはその一手を進めた。
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通常、模擬戦略は一回の局に数時間を要する。持ち時間を設けることもできるが――どれだけ短くしようとしても一時間はかかるゲームだ。
「……チェックメイト! これで終わりなのです」
「え……え、ええっ!? 待ってくださいな!?」
ゲームを始めてわずか十分ほど。アザレアの王駒は既にイオの手中にあった。
「たったの……たったの十手じゃないですの! こんな負け方したの……生まれて初めてですわ」
「お姉さんの駒は元気いっぱいなのです。あちこち動いて賑やかで、見ているだけで楽しくなっちゃうのです……そういう駒の動かし方をするひととゲームをしたことが無かったから、すごーく楽しかったのです」
イオは楽しそうだがアザレアはまだ放心状態にあった。アキラが唇の端をヒクヒクと痙攣させる。
「アザレアが……瞬殺」
「お兄さんもどうなのです?」
「あ、はい。俺たぶん一手で負けます」
ブンブンと頭を振るアキラにイオはむっと唇を突き出したが――ふっと彼のアキラの背後を見てすぐにその表情はぱっと明るく輝く。
「月の君!」
「……」
ロビーの入口に現れた人物はイオを見てはっと顔をうつむけその場を立ち去ろうとする。
「待ってくださいなのです!」
しかし、そんな彼をイオは引き止めた。
イオ
種族:アーティファクト(Ⅰ型)
《四大衛星》の一人。《焔の衛星》と呼ばれ、『古代戦争』中は軍師として活躍していた。
ガニメデ
種族:アーティファクト(Ⅱ型)
《四大衛星》の一人。《鐵の衛星》と呼ばれ、『古代戦争』中はイオとともに軍を指揮する役割を担っていた。