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「せっかく食べてもらうなら、好きなお料理がいいかなって思ったの」
「――そうか」
イツキは簡単にそう答える。ローリエが少し残念そうにうつむく。イツキは何かを考えるように顎に手を当てていたが、やがてポツリと呟いた。
「正直、食べられれば何でもいいんだが――そこまで考えてくれるなら、お前の好きな料理をつくってくれればいい」
「――え?」
ぱちくりと目を瞬かせるローリエを、イツキは横目で見る。
「料理についてはさっぱりわからない。から、お前が美味しいと思うものを教えろ」
それだけ言うと、イツキは目線を戻して食事を続ける。ローリエは、しばらくイツキを見つめていたが、やがて大きな目を輝かせた。
「うん!ローリエが教えてあげるっ!」
嬉しそうに笑うローリエを、イツキは、ただちらりと横目で眺めただけだった。
そんな二人を、イツキの隣に座る天音はほんの少し微笑みながら眺めて、コーンスープをまた一匙掬った。
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「ごちそうさまでした〜、マスター」
食事を終えて、四人は席を後にする。
アキラがカウンターの奥に向かってそう声をかけると、スグルはにこりと笑って軽く会釈した。
「また来てねぇ!」
ローリエが手をふる。天音は微かに笑って、ローリエの頭を撫でた。
「はい。行ってきます」
「いってらっしゃーい!」
四人が店の軒先に出ると、相変わらずしとしとと雨が降っていた。どんよりとした鈍色の空が広がっている。
「今日は一日降ると、マザーが言っておられましたわ〜」
湿気のせいでちょっぴりはねた髪を掬い上げて、アザレアは憂鬱そうにため息をつく。
「まあ、巡回には行かないとな。――イツキ、行くぞ」
アキラは歩き出そうとする。が、当のイツキは、その言葉とは反対に天音に近づいた。
「ふぁ!?」
「イ、ツキ?」
突然腕を引っ張られて、天音は素っ頓狂な声を上げる。アキラも驚いたような声を上げた。しかし、イツキはそんなことは全く気にせずに、天音の耳元に顔を近づける。
「ベースの出入り口で待ってる」
それだけ囁くとイツキは天音を放して、濡れるのも気にせずに歩き去ってしまう。
「ちょ、え?――イツキ、待てって〜」
何故かイツキに置いてかれたアキラは、彼を追って走っていく。アザレアが小首をかしげた。
「どうしましたの?」
「へ?――いや、別に……」
天音はふるふると首を横に振る。そのまま、ドアの横に立てかけてあった傘を手に取ると、それを広げた。
「すみません、用事を思い出したので……行きますね」
「?――ええ、いってらっしゃい……」
傘をさして小走りで去る天音を、アザレアは更に不思議そうに見つめた。
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「――遅かったな」
「階段で、ローレンスさんと鉢合わせしそうになったので遠回りしてきました。……いつか怒られる」
「お前が悪いな」
《ひととき亭》を出てから十分ほど。天音はベースの出口でイツキと合流した。
「さっさと行くぞ」
不満げな顔をした天音をよそに、イツキは手を差し出す。天音も昨日のように右手を差し出した。
『聞こえるか?』
「バッチリです」
手に持った精霊護符から声が聞こえたことを確認して、天音は首元にそれを留め付ける。
濡れた傘を開いて、天音とイツキは街に出た。
《ひととき亭》
人間の父娘が切り盛りする、境界線基地内にある食堂。“兵器”たちの燃料はもちろん、人間の食料も取り扱っている。政府の機関である境界線基地専属の食堂なので、ベースで働く“兵器”や人間なら誰でも無料で利用することができる。