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「君だけじゃない。ルナや、私たちのようなソルの一部なんてものは、本来はこの世界に存在するはずのないものなんだから」
「?」
「すでにこの世界には存在しないはずのもの、ね」
マザーは微笑んでソルの説明を補足する。
「機械は壊れなければ永遠に生き続ける。しかし、当たり前だけれども壊れてしまえばそこで終わりなのよ。かつて神と崇められたアーティファクトだって、バラバラになって壊れてしまえばそこで終わりのはずだった。しかし、何故か“器”はこうして『未来』を聴く力を持って残り――“眼”も“ギフト”も、形こそ変わったものの現代世界に存在する」
「そういうことだ。バラバラに砕け散ってそこで死んだはずのものが今も生きているだなんて、なんともおかしな話じゃないか。私たちは……君は、この世界最大の不確定要素だ」
決まったはずの未来を簡単に動かしてしまう存在。本来はここにいるはずのない存在。
「私がいることによって……『未来』は悪い方向を向いてしまったんですか?」
「君の存在だけが影響しているわけではない。ただ、君をきっかけにした変化というのもたくさんあったし、おそらくこれからも君が起点となる未来の不確定な変化は起こり続ける。だから私はここに来た」
「妾やあまねにこんな話をして、どうしようというのかしら?」
マザーの目はじっとソルを射抜いている。きっとソルの言いたいことなんてすべてお見通しだろうに――それでもなお、マザーは彼女の口から言わせようとしているのだ。
「もう一度、ソルを復活させる」
「あなたが最初から目論んでいたとおりに?」
天音の警戒心の滲む声にソルはくくっと喉を鳴らして笑った。
「そう見えるだろうがまったく違う。私はね、人間も守ろうと提案しているんだ」
「それは……人間とアーティファクトの共倒れの未来しか見えないからですか?」
「正解だ。人間を滅ぼせばアーティファクトも滅ぶ。アーティファクトを滅ぼせば人間も滅ぶ。何もしなければどちらも滅ぶ。では? じゃあどうする? 私から見た正解は、アーティファクトも人間も守ることだ。本当に気が乗らないけどね」
事実、彼女の表情は苦々しげだった。本当は人間なんて滅ぼしてしまいたいという気持ちが透けて見える。しかし、現状はそれを許さない。
「私は『未来』を聴いて知ることができる。しかし、そこまでの詳細な道のりも、どうすればその『未来』にたどり着かずに済むのかも私にはわからない。分析は私の権能の範疇に無いからね」
「妾の力があればそれができるだろうと思っているのね。妾はこの“眼”で視ることのできるものならなんだって分析できる。この先で何が起こるのか、“器”が聴いた未来を分析することが妾にはできる」
「つまりソルを元通りに直せば……人間もアーティファクトも滅ぶことなく生き続けることができる『未来』への道筋を分析して探し出すことができる?」
天音の言葉にソルはうなずく。
「そのとおりだ。で、私たちがソルを直す間は――正確に言うと人間とアーティファクトの生存エンドが確立されるまでは両者で争うのを一時中断しようという提案をしに来た。いいかい? 一時停戦だ。私たちアーティファクトの人間に対する恨みがなくなるわけではない。私が人間を嫌いであることも、人間を滅ぼそうと考えていることもなくなるわけではない。ただ、お互いに一度手を引こう」
「妾の口から人間たちに停戦の呼びかけをすることは簡単だし、人間たちもそのことを喜ぶでしょう。でも……あなたたちは手を引くことができるのかしら?」
「私から提案したのだからもちろん。一時的にではあるがね」
「……でも、ソルを直すって言っても一体どうやって?」
天音の問いにソルは静かに微笑む。
「君はソルの一部であり、天下の修繕師様だろう?」
「いや、流石にこんな仕事はしたことがありませんよ? だって、まったく違う存在に……生まれ変わったと言っても間違いでないでほどにバラバラになってしまったアーティファクトの修繕なんて。そもそも、私に至っては人間になっちゃったわけですし……」
ソルの目はあくまでも冷静に天音のことを見ている。その目は――どこまでも澄んだ蒼色だった。
「そうだね。だから、君には覚悟してもらわなければならない」
覚悟――不穏な響き。天音は何故か背中を冷たいなにかが伝っていくような気味の悪い感覚を覚えた。
「最後に一つ……ソルを復活させる算段についてだ。実は――――」




