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「あら、天音先生!おはようなのですわ〜」
次の日の朝早く。天音は《ひととき亭》にいた。他に場所がなくて座った4人がけテーブルの窓際では、ここ数日の天気とは打って変わって雨音が聞こえる。
コーンスープを一匙掬ったところで、かけられた声に天音は顔を上げる。
「おはようございます。アザレアさんとアキラさんと……イツキさん」
淡い空色のドレスを着たアザレアを先頭に、アキラとイツキがいた。もはや見慣れた3人組だ。
「ご一緒してもいいかしら?」
「いいですよ。他に空いてないですし」
天音の返事に、アザレアはいそいそと天音の向かいの席に腰を下ろす。アキラがどこに座ろうか迷っていると、天音の横にイツキが黙ったまま座り、フードを取る。
その様子に、アキラは意外そうな顔をしながらも、アザレアの隣に座る。
「あ!いらっしゃぁい!」
しばらくして、看板娘のローリエが注文を取りに現れる。少し高いテーブルの下から、ひょこりと顔を覗かせるその様子に、アザレアがくすりと笑う。
「ワタクシはいつものでいいですわ」
「あ、俺も」
ローリエはアザレアとアキラの答えにうなずくと、イツキを見る。
「イツキさんは?」
「ん――」
ローリエに問われて、イツキはちらりと天音の手元を見る。イツキの視線に気づいた天音は、スプーンを持った手を小さく動かす。
「美味しいですよ?」
「じゃあ、もらう」
イツキがそう言うと、ローリエは嬉しそうに笑う。
「それねっ、ローリエがつくったの!まってて、すぐ持ってくるからぁ」
お下げ髪を揺らしながら駆け去るローリエを、アキラがニコニコ微笑みながら見る。
「かわいいなぁ」
「あの子は、世界の人間の中で一番かわいいですわぁ」
うなずくアザレアをちらりと見て、イツキは呟く。
「あんな小さな子供が、料理つくってるのか……」
「マスターの料理は――人間向きではありませんから」
パンをちぎりながら、天音はなんとも言えない表情をする。
「アーティファクトが美味しいと思える燃料の加工は、すごく上手なんですけど……人間が食べれるものは、正直ローリエさんが作るのが普通に美味しいです」
「――散々な言われようだな」
イツキの言葉に、天音は苦笑した。
「本人には内緒です」
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「――おまちどーさま、です!」
しばらくして、ローリエが両手に盆を持って戻ってくる。
アザレアは天音と談笑しながらフォークを動かし、アキラもその会話に混ざる。そんな様子を横目で見ながら、コーンスープに口をつけたイツキは、不意に視線を感じて顔を上げる。
「……なんだ」
「!」
机の縁からじいっとこちらを見つめていたローリエが、イツキが顔を上げたことに驚いて目を丸くする。
「え、と……。美味しい?」
「?……ああ」
イツキの答えに、ローリエはほっとしたように表情を緩める。
「イツキさんって――なにか、好きな食べ物とかある?」
「食べ物に関する好き嫌いは、最初からプログラミングされていない」
ローリエは、不思議そうな表情を浮かべる。
「じゃあ、好きな食べ物ないの?」
「これと言って、好きなものも嫌いなものもないな」
「んん〜、そっか」
むむっ。と眉を寄せるローリエを、今度はイツキが不思議そうに眺める。
「なにか問題でもあったか?」
「!――んーん、ちがうのっ」
ローリエは慌てたように首を横に振る。頭の動きに合わせて、お下げ髪がゆらゆらと揺れた。
ローリエ・アルカノス(9)
種族:人間
スグルの一人娘で、《ひととき亭》の看板娘で、料理が得意。持ち前の明るい性格が、“兵器”たちの日々の癒やしとなっている。天音によく懐いていて、“おねえちゃん”と呼んで慕っている。
スグル・アルカノス(31)
種族:人間
ローリエの父親で、ベースの食堂で料理長をしている。人間用の料理は苦手だが、燃料の調理は得意。ローリエに対して親バカなところがある。




