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「出口だ、」
「そのまま……ナイスタイミング!」
外に飛び出ると、風の冷たさと雪の白が痛いくらいに身体に突き刺さる。後ろにも前にも追っ手。それにも構わず走り抜けるカリストに抱え上げられたまま、天音は思わず笑みをこぼしながら目の前を指差す。
「あの装甲車です、あそこまで走って!」
「……まだ走んのかよっ」
イライラと怒鳴りながらもカリストの足は地を蹴って進む。雪の白にぽつねんと佇む黒塗りの装甲車――ふっと周りの怒号が大きくなる。
ついに追っ手も、天音たちの目論見に気づいたようだ。
「ハッチ開けるのでそのまま乗り込んでください。上面の甲板の奥です」
天音はそう叫んで身を乗り出す。白銀の髪が千切れんばかりに揺れて風の音が煩い。それでもなお天音の周りの空気が揺らいだ。
『開けっ!』
最高速で飛ばすカリストのおかげで装甲車はもう目の前に迫っていた。鈍い音とともにハッチが開いたのを確認して、彼は思いっきり飛び上がる。
「「っ!?」」
そのまま二人は上面に向いたハッチに直接飛び込む。しかし、タラップも何もかも無視して飛び降りたせいで二人共盛大に転んで、車内に凄まじい轟音が響く。――が、普通なら頭を打って死んでいるであろうこの状態で天音に怪我も何も無いのは、どうやらカリストが彼女の下敷きになっているからであるようだ。
「ってえ……」
「うう……あ、いけないいけない『閉まって』」
天音の体の下からは潰れたカエルのような呻き声が聞こえる。身動きが取れない中、天音がどうにかハッチを閉めた瞬間、外の喧騒は一瞬のうちに遮断された。――天音は両手で握りしめた精霊護符を隅々までチェックしてほっと息を吐き出す。
「よかった、イツキも無事……」
「チッ、早く退け」
「うわっ!?」
体の下から不満げな唸り声がした直後、天音を押しのけてカリストが起き上がる。ごろんと床に転がってジタバタ藻掻く天音を呆れたように見ていたカリストは、不意にぱっと顔を上げる。――そんな彼女の向こう側から、ガタガタと物音が聞こえた。
「「っ!?」」
「先生!」
天音の耳に触れたのはよく聞き知った声だった。が、ひっくり返った外套が顔にかかってなにも見えない。
「んむむ〜っ」
ジタバタ、ジタバタ――藻掻く天音に忙しない靴音が近づいてくる。と、もだもだと蠢くことしかできなかった彼女は何者かによって軽々と起こされた。
「ぷはっ……アザレアさん!」
「先生〜!? 良かったですわぁ無事で」
天音を抱き起こしたのはアザレアだった。ぎゅっと抱きしめられる感覚に、天音はようやく緊張が緩むのを感じる――
「……ああ? なんだテメェ、どっから入り込みやがった?」
「――」
と思いきや、まったく緩みきらない緊迫した空気がすぐ後ろから伝わってくる。振り返ると、“本体”を構えるアキラと座り込んだまま無言のカリストが睨み合っていた。
「先生が転がってたのはお前の仕業か? ああ? つかそもそも、どっからどう見ても敵だろお前! 先生になにしてくれて……」
「アキラさん、そのひと……味方です!」
ハイライトの消えた金の瞳に殺気のこもった興奮した低い声。今にもカリストに斬りかからんとするアキラを、天音は慌てて止めた。
「……へ?」
「私をここまで連れてきてくれたんです……確かに、敵っていうか敵だったっていうか……」
「――そいつの身元は俺が保証する。だから“本体”を引っ込めろ、アキラ」
カリストのことをどう説明したものか、言葉を探す天音の思考をぶった切ったのは、後ろから聞こえた――これもまたよく知った声だった。敵と味方が交錯する混沌とした状況にそぐわない静かで穏やかな声。天音ははっと自分の手元を見て、そこにあったはずの精霊護符が消えていることにやっと気づく。
「イツキ!?」
――アキラは思わず“本体”を取り落とし、アザレアもシオンもぎょっと目を瞬かせる。
天音のすぐ後ろ、装甲車の壁に体を預けて座り込んでいたのはイツキだった。