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「……なんだ、あれ」
呆然とした声は、痛いほどに吹き付ける風にさらわれた。白く霞む視界――その只中に、
「あれはえっと、城、ですの? 随分と大きな建物ですわ」
「っていうか神殿じゃない? あんなの、本の挿絵くらいでしか見たことがないよ」
目を凝らすアキラの横で、アザレアとシオンは顔を見合わせる。
三人の目の前に現れたのは巨大な建物だった。どこまでも広がる平坦な雪原。生き物も植物も死に絶えたはずの荒野に、明らかに人工的に造られた古めかしい造りの建物が鎮座している。
『座標位置的にはここで間違いないようです』
三人の耳に、装甲車の運転しからの無線連絡が触れる。アザレアは深々とため息をついた。
「ここに……たったの三人で乗り込めと」
「おいおい、流石に無理ゲーだな」
「あれは敵だよね? あそこにいるのもそっちにいるのも……敵だよね?」
いくら“兵器”で最も優秀な三人といえども、敵の本陣に明らかに不利な状況で乗り込むのを尻込みするのは当然のことだった。
「でも行くしかないな、今回の仕事はこれだし……ん?」
諦念を浮かべた声で呟いたアキラが、不意に視線を上げる。そんな彼の横顔をシオンが訝しげに見つめた。
「どうしたの?」
「いや……今、なんか聞き覚えがある音が――っ!?」
その瞬間、ガツン! という硬い音とともにアキラが後ろにひっくり返る。
「きゃっ!?」
「えっ? なに?」
突然のことに何が起きたのかわからないままにアザレアとシオンはアキラを振り返る。甲板に後ろから倒れ込んだ彼は呻きながら大の字になっていて、その顔の上に――
『フイーッ……チャクリクセイコウ!』
「「ルクス!?」」
我が物顔で乗っかっていたのは、金色の羽をパタパタと動かしているルクスだった。
「どうしてこんなところにルクスが……?」
「っていうか、全然着陸成功してないよ!? 大丈夫?」
「……ねえ二人共、俺の心配しない?」
ノロノロと起き上がったアキラは、両手で額を押さえながら立ち上がる。ルクスはそんな彼の頭の上にどっしりと腰を下ろして嘴を開いた。
『デンゴン! マスターカラ、デンゴン!』
「先生から――伝言!?」
頭に乗られてイライラと腕組みをしていたアキラはルクスの言葉に目を丸くする。頭の上の彼の機械音声はどこか自慢気に聞こえた。
『シンデンノ、ミナミガワ。トニカク、ムカエニキテクダサイ』
「……それだけ?」
『ソレダケ』
ルクスの――というか天音からの伝言は実にシンプルだった。“兵器”に対してこれだけの指示で事足りるほどに天音の作戦がうまくいっているのか、あるいはこれしか言えないほどに余裕がないのか。
『コノママチカヅイテ、マショウメンノイリグチデタイキ。アマリジカンガナイカラ、ハヤクハヤク!』
「なんだかよくわかんないけど……そうするしかない、んだよな?」
三人はルクスとともに装甲車の中に戻り、車は指示通りに南側の一番大きな出入り口に向かって走り出す。
近づけば近づくほどに敵方のアーティファクトがそこかしこにいるのが見える。しかし、何故か誰一人として三人が乗った装甲車に目を向ける者はいなかった。
「こんなに堂々と侵入してんのに、なんで警戒されていないんだ?」
車の横を慌てて駆け抜けていく人影。ざわざわと騒がしく飛び交う叫び声は、酷く焦っているように思える。警戒していない、というよりは侵入者にかまっていられるほどに余裕が無いようだった。
「「「?」」」
状況を把握しきれないままに、とにかく天音の指示を信じて待つ。
すると十分経ったか経たないかといったときに、
『ガコン!』
装甲車のハッチが開くくぐもった音が聞こえた。