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イツキの言葉にうなずいて、天音はひらりと右手を上げる。
「ルクス」
『ココ!』
天音の呼び声に、部屋の暗がりからルクスが飛んできて、天音の右手にとまる。
「首都大元帥 的場 茜様へ、『指定修繕師』巫剣から。例の件についてのご報告をしに、明日ポリティクス・ツリーに伺います」
『イマカラ?』
「そう。遅くなって悪いけど、すぐに返事をもらって帰ってきなさい」
『ワカッタ』
天音が立ち上がって窓を開けると、ルクスは暗い空に向かって飛び去った。夜風が天音の髪を揺らす。
「明日、行くなら護衛につこう」
「――明日は街の警護だと言っていましたよね」
天音はイツキを横目で睨む。イツキは肩をすくめた。
「街の警護は俺だけの仕事じゃない。ひとりくらいいなくても、バレないだろ。それに――今、この状況でひとりで出かけるのがどれほど危険か、分かってるよな」
天音を見上げるイツキの目は、鋭い光を帯びていた。天音はしばらくその目を見つめていたが、やがてため息をつく。
「――分かっています、そのくらい」
あからさまに視線をそらした天音を、イツキの紅い目が静かに見つめる。
『マスター!』
不意に、開け放しの窓から機械音声が響く。天音は黙ったまま、窓の方に手を伸ばす。ルクスが伸ばした手に飛び移ったのを確認して、天音は窓を閉めカーテンを引いた。
『イツデモイイガ、デキルダケ、ハヤイジカンニキテホシイ。サイジョウカイノヘヤデ、マッテイル』
「珍しい。政務室に来るようになんて。――ありがとうルクス。もういいよ」
手のひらに乗ったルクスの頭を、天音は指先でそっと撫でる。ルクスは小首をかしげた後、ひらりと飛び立って――突然イツキを見る。
『マダイタノカ?テツメンピ』
「あぁ?」
上から見下されて、イツキは不機嫌にルクスを見る。ルクスは――どこか愉快そうに見えた。
『ジブンガ、テツメンピダト、ジカクシテイルノダナ!カンシン、カンシン!』
「――ざけんな、テメェ」
イツキの剣呑な声に、ルクスはケタケタと笑いながら、今度こそ部屋の奥に消える。
「――なんなんだ、あいつ」
「ごめんなさい。ほんとに……」
天音はうなだれる。何故かルクスは、イツキに対しての風当たりが強い。
ルクスが残した妙な空気を破るように、イツキは立ち上がる。
「どうせついていくなら事情を知っている奴の方がいいだろうから、俺が行く。間違っても、ひとりで出かけようとかするなよ」
「分かっています、そのくらい。……よろしくおねがいします」
ぼそぼそと言って、天音はイツキを見上げる。
「それでいい」
イツキはマントのフードを被ると、部屋を出ていった。
天音は小さく息を吐き出す。
――迷惑、かけちゃう
本当は、心配されないくらい自分が強ければ良かった。誰も巻き込んでしまわないくらい、賢ければ良かった。でも……
――これが嫌じゃない私は、多分とっても愚か者だ……
心のどこかに、心配されて、大事にされて――嬉しいと思ってしまう天音がいた。