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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter13,『ギフト』
433/476

433,

「カリスト、どうした? 急に連絡を寄越して……」


 連絡を入れてから五分も経たないうちに、エウロパは部屋の鍵を開けて現れた。ちらりと見やれば白銀の髪束が箪笥の向こう側からひらひらと覗いている――ちょうどエウロパからは見えない位置で。


「表が騒がしいな。何かあったのか?」


「――人質が逃げ出した」


 エウロパは苦虫を噛み潰したような表情でそれだけを吐き捨てる。どうやら外の喧騒から導き出したことは正解のようだ。


「そうか……」


 小さな人影がエウロパの後ろを静かにすり抜けていく。そのまま外に出ていくそれを見送って、カリストはひっそりと息を吐き出した。


 ――うまくやれよ


『彼の全部を肯定してあげたい。いつもしてくれるみたいに私も彼を守ってあげたい』


 そう言って力強く自分を見つめる少女の姿に、酷く既視感があった。長い白銀の髪のきらめきも、どこまでも見通すような澄んだ蒼い瞳も――ぎゅっと握り合わされた両の手も。


 ――『僕は彼のすべてを受け入れる……僕が彼を守るんだ。いつもしてもらっているみたいに、ね』


 ばらばらに砕け散ってまったく別のものになってしまったとしても、目の前にいる少女は確かにあの日見た制作者(マスター)だった。あのひとは主ではなかったが――唯一無二の大切なひとであったことに変わりはない。



「それで……まさかそれだけのことを確認するために僕を呼んだのか?」


「……」


 ――あ、やばい


 エウロパを呼んだはいいが、“ギフト”を逃がしたはいいが――その先をまるで考えていなかった。元来、誰かと会話することを得意としないカリストにとって、咄嗟になにか話題を作り出すことなんて街を一つ潰してこいと言われることよりも遥かに難しい。


「あー」


 怪訝な表情を浮かべるエウロパを見つめることしかできない。仮にも『血を分けた』兄弟であるというのに――

 カリストがどうしたものかと全力で思考を巡らせている最中、不意にエウロパが後ろを振り返った。



<><><>



『眠りなさい』


 小さな――しかし、膨大な圧力を含んだ声が部屋の中に響く。その瞬間、振り返ったエウロパは声も出せないままに膝から崩れ落ちた。


「!?」


 目の前には呆気にとられるカリストが棒立ちになっている。天音は扉が閉まってしまわないように細心の注意をはらいながら、エウロパの長い脚を部屋の中に押し込んだ。


「あんた……今、何を」


「眠るように“命令”しただけです。私の“精霊の加護(プロテクション)”についてはあなたも知っているんでしょう?」


「いや、そうだが――“太陽の御方”がこんなに強い能力を使っているところは見たことが無かったし、」


 困惑を隠しきれないカリストをよそに天音はエウロパを調べる。思った通り電源が完全に落ちているようだ。外部から再起動しない限りは目を覚まさない――天音は部屋の奥へ奥へとその長身を押し込んでいった。


「……というか、そもそもここで何をしている? 出ていけって言ったよな」


「言われました」


「じゃあなんで――」


 不服さの滲み出るカリストの声に、天音は黙って顔を上げた。


「あなたも一緒に行くんですよ?」


「……は?」


「一人で行くのは心もとないのでついてきてください。一緒にイツキを探しに行くんです」


 さも当たり前のことかのように天音はそう言って立ち上がる。扉から一歩外に出て、ちょいちょいと手招きをしてみせた。


「早くしないと閉めますよ?」


「……あんた、さてはなんにも話を聞いていなかったな?」


 明らかにイライラとしたカリストの言葉。天音ははて、と首を傾げる。


「言ったはずだ。俺は自分の能力をうまく制御できない」


「あの……気になっていたんですけど、そもそもあなたの能力ってなんですか?」


 “精霊の加護(プロテクション)”のことだろうか。あるいは別になにかあるのだろうか。天音が問えばカリストは少し苦々しい表情を浮かべて口を閉ざす。

 その沈黙は、しかしすぐに終わった。


「……ん、」


「?」


 突然目の前に差し出されたカリストの右手に、天音は不思議そうに首を傾げる。彼は静かにため息をついた。


「この手に触れて、なんでもいいからあんたの“精霊の加護(プロテクション)”を使ってみろ」


「……はあ、」


 カリストの真剣な声色に、天音は言われるがままに彼の差し出した手を両手でそっと握る。ひんやりとした金属の硬い感触。静かに息を吸い込んで、さっきエウロパに使ったのと同じ“命令”をしてみることにした。


『眠りなさい』

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