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「信じるって……」
唖然とする人間たちに、しかしローレンスは動じない。
「おそらく先生は、僕たちが把握しているよりも遥かに多くの情報を知っています。その上で……それでもなお、先生は一人でイツキを助けに行った。先生は無計画にこんな無茶をする人ではありません」
確かに天音は一人で何でもかんでもしようとする。できるかどうかを置いて、その挙げ句どうなるのかも置いて、一人で抱え込んでどこまでも突っ走っていってしまう。
でも、今回はそうじゃない。
「先生が書き置きを残していってくれたということは、今回は一人で抱え込むつもりは無いということです。一人で行くことによって勝算が見えたから、先生は一人で行った。ただそれだけのことで――これは、ちゃんと勝つための先生の作戦なんだと思います」
その緑の目に浮かぶのは、圧倒的な信頼だった。あまりに純粋で混じり気の無い感情宿るその目に見られて、的場ははっと息を呑む。
「居場所の特定も、救出のための人員や装甲車の準備ももう既に終わっています。その上で、先生がしようとしていることがちゃんと終わってから僕たちは行動するべきであろうと判断しました」
「……」
純粋に人を信じることなんてできない。たとえどれだけ正確なものに対しての信頼でも、心の何処かにいつも懸念点があって心配や不安に邪魔されて、人の心は百パーセントの信頼を誰かに寄せることはできない。他人にも、自分にも。
しかし、ローレンスのこれはあまりにも純粋な信じる心だった。
「……じゃあ、女史を信じた君たちを、信じても良いんだね?」
「当然です。というか、先生のことも信じてあげてくださいよ」
この緊迫した状況でもなお、ローレンスはくすくすと笑う。
「“首都”の大元帥閣下に、こんな口を利いたら不敬かもしれませんが――君が一番、あの子のことを信じてあげられるはずだろう? 茜」
「! ……ふふ、は」
大元帥であること以上に、“兵器”であること以上に――お互いはお互いのことをよく知っていた。ローレンスはその事を随分とよく理解している。
「そうだね」
――『あかねにいさん』
そう言って笑う彼女は大人になった――正確には大人になりきれなくて、でも必死に背伸びして。小さい肩に乗り切らない重圧を背負って、それでもなお“兵器”たちの信頼を勝ち取って前へ前へ――
「君は……ひとりじゃないんだね」
天音の歩んできた道に自分を重ねる。自分もひとりじゃない――大人になりきれない、背伸びをした自分だって。
「わかった、待とう。まだ時間があるからね……僕たちのできる最大限の事をしよう」
「……はい」
今、自分たちにできる最善を。前へ歩いていくのは天音だけではない。
彼女を一人にしないために、的場は静かにうなずいた。
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――時は少し遡る。
『遺物境界線』を出て北へ。数百メートル離れたところで、視界が真っ白にけぶった。
「まずい、」
――吹雪いてきちゃった
そもそも、冬の荒野を歩こうとしたのが間違いだった。しかし、未だに未復興の汚染区域が残る北側の一帯に行く装甲車は存在しない。勝手に出てきた手前誰かに頼ることもできず――歩く以外の方法は、少なくとも天音には考えつかなかったのだ。
「……」
“首都”周辺の広域地図を映す簡易ホログラムを出して睨みつける。荒野の真ん中に赤く光る点は、例の座標位置をプロットしたものだ。
――これを頼りに、とにかく進んでいくしかないな……
こんなことならもう少し厚着をしてくるんだった。これ以上は着れないほどに服を重ねてはいるのだが――強い風が雪の粒を身体に叩きつけてくる。寒いと言うよりはもはや痛い。
「……はぁ」
知らず知らずのうちにため息がこぼれていた。人生最高の愚行である。
地図を消して、眼前の白くけぶった風景を眺めた――そのときだった。
「お待ちしておりました――“ギフト”」
後ろから聞こえた声にはっと振り返る。どこまでも続く雪原を背景に、目の前に人影が立っていた。




