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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter13,『ギフト』
423/476

423,

「……」


 固唾をのんで、的場は封筒を開く。簡素な白い便箋に並ぶ律儀な藍色の文字。声の震えを抑えて読み上げる。


『まずは謝らせてください。勝手に出ていってしまってすみません』


 そんな一文から始まる文章は、便箋一枚と半分に渡って綴られていた。まるで機械が書いたような冷静沈着な文字たちは、あの日取り乱して我を忘れていた彼女が書いたとは思えない。


『イツキの腕から、彼の居場所を割り出しました。私はイツキを探しに行ってきます。』


「ひとりで……修繕師殿は、一人で敵の本丸に乗り込むつもりなのか!?」


 阿久津は驚嘆の声を上げ、ルイスは静かに息を呑む。的場は先を続けた。


『一人で無謀なのは承知しています。それでもたぶん、私一人で行く必要があります。まだ私自身にもわからないことがたくさんあって、不確実な事をここに書くのは憚られるのでちゃんとした説明はできませんが――あの御方の狙いはあくまでも私で、イツキはそのための人質なんだと思います。』


『無謀だとは思っていますが、私もここで死ぬつもりはありません。この手紙を確認してから一日置いて、それでも私が帰ってこなければ最後に書いた座標に私たちを探しに来てください。“兵器”の皆さんに被害が及ばないように、私も最大限の努力をします。戦力の無駄な摩耗を防ぐため、あまり多い人数で来ることはおすすめしません。が、ローレンスさんのほうが詳しいでしょうからローレンスさんの采配に任せます。』


 淡々と、しかしどこか拙い文章。それでいて何もかも悟ったような語りは、最後こう締められている。


『我儘ばかりですみません。でも、うまく行けばこの戦いを終わらせることができるかもしれない――私はほんの僅かのこの可能性にかけて、イツキを探しに行ってきます。』


「……本当に、なんの説明もないな」


 最後に書かれた数字の羅列と署名を一瞥して、的場は思わず呟く。指先に力がこもって便箋に皺が寄る。乱雑に手紙をテーブルの上に投げ出し、やり場の無い感情がぐるぐると体中を駆け巡った。


「この手紙を見つけてから?」


「……半日になります」


 ローレンスの答えに的場はぐしゃりと髪を掻きむしる。


「なんで――なんであの子はいつもこうなんだ……っ」


 幼い頃からこうだった。達観したその蒼い目には、誰にも見えない真実が映っていて――天音はいつもどんどん進んでいってしまう。何もかも置いて、先へ先へと。その度に心配したり不安になったり。

 しかし、今回はそんな次元を遥かに超えている。


「……今すぐ助けに、」


「お待ちください」


 大陸の広域地図を立体映像投影機(ホログラムスクリーン)に映し出す的場を、ローレンスは静かに静止する。的場は目を見開いて、訝しげに彼を見つめ返した。


「何故?」


「場所はもう特定してあります。が、先生の指示通りにまだ一日経っていません」


「いや、ちょっと待ってよ……そんな事を言っている場合なのか?」


 元老院(セナトス)は語気を強める的場を諌めない。彼らもまた、早急に天音を助けに行かなければならないと思っているからだ。居場所がわかるなら一刻も早く――


「しかし、先生は」


「……君が女史の意見を重んじているのはわかる。でも今この瞬間にも、女史が無事かどうかわからないんだよ?」


 それでもなお食い下がろうとするローレンスの言葉を的場は一蹴する。

 相手はアーティファクトだ。的場の目の前に立つローレンスと同じように冷静で、合理的で――そんな彼らに天音が不必要なものとして見られたら?


「女史だけじゃない。捕まっているイツキ君も、女史の行動によってはどうなるかわからない。だからあまりグズグズしていると――」


「それでも、」


 しかし、ローレンスはあくまでも落ち着いたまま人間たちの行動を諌める。その緑の瞳は、何もかも見通すように輝いていて――思わず動きを止めた的場たちに、彼は静かに微笑んだ。


「僕たち“兵器”は、先生を信じているので」

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― 新着の感想 ―
[一言] やっと追いつきました。 いやー、後少しで終わりそうですね。こっからの展開が楽しみです。
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