421,
「こうしてまた会えるとは思わなかったよ。意外だったな。君は……まだ私の事を覚えていてくれているようだ」
「……」
じっと見つめると、彼はふいっと視線をそらして辛そうに息を吐き出す。首筋の紅い精霊護符があらわになって、酷く懐かしい色で輝く。
「やはり、君は綺麗だね」
「――思ってもいないことを」
荒い息の隙間から漏れる憎まれ口。耳にかかった美しい黒髪と、長い睫毛の向こうから獰猛にこちらを睨めつける瞳。
そういうところまで、あまりにも愛おしい。愛おしくて――ああ憎い、反吐が出そうだ。
「貴様は……何をしようとしている」
「古い親友に会いたかったんだよ。ああ、親友では不満?」
「戯言はいい、耳障りだ」
まだ痛覚を遮断できていないのか、彼は痛みにわずかに表情を歪める。これだけ傷つき、世俗に穢れ地に堕ちても――その言葉は気高く、万物を統べる気迫を帯びている。どれほどの永い時が経っても、だ。
「はは……すごいな、あの時聴いた《未来》以上だ」
「……」
わかっていた。わかりきっていたことだった――《未来》で出会うことはできないであろうと覚悟していた。そのはずだったのだが。
――随分と嬉しい誤算だ
「私は、“首都”の修繕師がほしい」
「……」
「そのために、君は使えると思ったんだよ。ああ無論、過去なんてまるで気にしてはいなかったよ。ただそれを度外視してもなお、“首都”の修繕師様は――私の親愛なる“ギフト”は、なんの因果か君のことをとても好いているようだ。『縁』とは本当に不思議なものだね」
一石二鳥を狙ったら――投げた石は、もう一匹特段に大きな獲物を撃ち落とした。しかも今からその大きな獲物が、ニ羽も三羽も鳥を捕まえてくる。
「……たかだか人間の小娘一人に、随分な罠を張ったものだな」
「それだけ“首都”の防御は硬いよ。イオですら、あの要塞都市を戦闘糧食の缶詰と評したほどにね。君も知っている通り、あの天才軍師様がさ。開けることもままならないし、同じ罠は二度と通じないことはよく理解したから……少々手はかかるが、とびきりの策を講じさせてもらった」
微笑めば、彼はうんざりと舌打ちを打つ。
「何故……天音を欲しがる」
「それは、君が一番良くわかっているだろう。わからないとは言わせないよ」
薄い唇が引き結ばれて、広間は静寂に包みこまれる。ああそうだ。
――いまさら、わからないとは言わせない。
「私はね、帰りたいんだ。それ以上は望まない。ただ、元いた場所へ帰れればそれでいい」
「……不可能だ」
「本当にそう思う?」
再び静かになった空間に、最後の言葉の余韻がいやに響いた。
「かつての戦争……人間たちは『古代戦争』と呼ぶのだったっけ。あの最終末、かつての私たちが築き育て上げた至福の園は崩壊した――他でもない、私達の手によってね。私はね、惜しく思っていたんだよ。この数千年、穢れ続ける古の楽園を眺め続けてきた。もう、これ以上は耐えられない」
どこまでも続く壮大な楽園の草原は、見るも無惨な荒れ地に変わった。人々で賑わった国は、とうに滅んで人間の数も限りなく少なくなった。
「……貴様の手に天音が戻れば、至福の園は復活すると?」
「今の状況ではそれ以上を生み出せる。私と君が揃っている、この状況ならね」
記憶がなくとも力は利用できる。それで満足だと思っていたが――状況は非常に芳しい。
「君も、戻れるものなら戻りたいだろう。私たちにはそれができる」
「……」
うつむいた表情は見えない。顎を掴んで上向かせたい衝動を抑えて返答を待つ。今度の静寂は随分と長かった。
「――帰りたくない」
「……」
「あんなもの楽園でもなんでも無い。今のほうが遥かに幸せだ」
掠れた声。黒髪の隙間から覗く紅い瞳は頑なだった。
「君は……変わったね」
そんな頑なさは今までに見たことがない。指示を待ち、指示に従い――かつての彼は本当に機械そのものだったのに。
――気に食わないな
その表情を、私以外の誰かに見せたのか。
「ふーん……でも、私は最高の《未来》のために動く。もうすぐ“ギフト”が手に入る……盤上の駒は揃った」
「……」
再び黙りこくった彼を一瞥して、また微笑む。ひやりと凪いだ空気が、二人を包んでいた。
「君の最も憎む者が帰ってくる……喜べ、新たな《未来》の開演だ」
余韻がこだまする。うつむいた彼は依然として黙ったままだった。