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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter13,『ギフト』
417/476

417,

 ――『今宵の月は満月ですね』



 真夜中の月明かりの中、目を開ける。電気もつけずに部屋の中にひとり――懐かしい声を思い出した。


『……そうだな』


『お嫌いですか?』


『……別に』


 そっけない返事をした記憶がある。しかし、そいつはただ柔らかく微笑んだだけだった気がする。なんてことはない古い記憶。


「なんで今さら、こんな」


 窓の外には大きな満月が浮かんでいた。腰掛けている白いベッド。背の高いクローゼットは黒く染まって、目の前の椅子は床に長い影を伸ばしている。イツキは小さく息を吐き出した。


「お前は……」



『コンコン、』



 しかし、イツキの思考は部屋の扉を叩く小さな音に邪魔される。顔を上げると、暗がりにひっそりと佇む木の扉が、また外側から叩かれる音が耳に触れた。


 ――こんな時間に誰だ


 思いがけない来客に、無意識のうちに索敵(エネミーサーチ)を起動する。ほんの数秒のうちに解析しおわった音の正体に――イツキは慌てて立ち上がると扉を開けた。

 ひんやりと冷え切った空気。真っ暗な廊下――彼女はおずおずとイツキを見上げていた。


「い……イツキ、」


「こんな時間にどうした」


 予想通り、そこにいたのは天音だった。寝間着の上からモコモコとしたフリースのガウンを羽織り、胸元をぎゅっと握って押さえている。切羽詰まった蒼い瞳は、部屋の中の暗がりからイツキの姿をじっと見つめていたが――数秒の後、何故か彼女はほっと息を吐き出した。


「よかった……」


「は?」


「イツキ、いた」


 天音はその場にへなへなと座り込む。慌てて支えようと細い肩に手を伸ばすと、手に触れた酷く冷えた身体に背筋が凍った。


「っ……とにかく中に入れ」


 そのまま彼女の腕を引いて部屋の中に戻る。明かりをつけると伸びた影は消え、天音は眩しげに目をぱちぱちと瞬かせる。開けたままになっていたカーテンを閉めるイツキの背中をぼんやりと見つめて、天音は遠慮がちに声を発した。


「イツキ、あの――んぶっ!?」


「それ被ってろ。まったく、この寒いのにそんな格好で廊下を歩きやがって」


 分厚い毛布を投げつけられて目を白黒させる天音に、イツキは不機嫌に鼻を鳴らす。機嫌の悪いその声に天音はしゅんとうなだれた。


「ご、ごめんなさい……」


「はあ……それで、こんな時間になんの用だ」


 毛布でぎちぎちにくるまれてベッドに座らされる。じっと見下ろしてくる紅い瞳に、天音は困ったように眉を寄せた。


「えっと……」


「……」


「用が、あったわけじゃなくて、」


「じゃあなんだ」


 いつも通りの冷静で静かな声。不機嫌――というよりも、むしろ心配するような色が滲むその声に、天音はぎゅっと毛布の端を握った。


「こ……怖い夢を、見て」


 半分は本当で半分は嘘だ。見たのは怖い夢ではないが、見た夢が恐怖をもたらしたのは紛れもない事実で。ただ、あまりにも分かりづらい状況を説明するのは難しくて、納得するために少し言葉を選んだに過ぎない。


「――」


「う、ぁ……ごめんなさい、迷惑でした、よね?」


 うつむいているから表情が見えないが、イツキはただ黙っている。当たり前だった。こんな真夜中に――イツキだって休んでいたはずなのにやってきて――邪魔だったに決まっている。


「ごめん……なさい」


「違う」


 しかし、うつむく天音の頭をイツキはそっと撫でる。ぱっと顔を上げた彼女の目を見つめて、イツキはどこか困惑した表情を浮かべていた。


「迷惑だったわけじゃない。ただ――たかが悪夢ごときで、お前わざわざが俺のところまで来たことに驚いている。それだけだ」


 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる感覚。ほっとする。あまりに優しい感覚は――いまこの瞬間が夢ではないことを教えてくれる。

 安堵からきた睡魔に思わず目を瞑りかけて、慌てて瞼を引き上げると小さな笑い声が聞こえた。


「眠いならここで寝ろ」


「え……? でも、」


「最近、あまり良く眠れていないんだろ?」


 天音の目の下をそっと指先で撫でて、イツキは呟く。天音には見えないが、そこは薄っすらとうっ血して青くくすんでいる。イツキはぐいっと彼女を強引にベッドに寝かせた。


「わっ!?」


「今夜は俺もここにいる。外周巡回があるから朝は早いうちに出るが……ローレンスに言っておいてやるから、好きなだけ寝ていろ」


「……」


 優しい手付き、静かな低い声は眠気を誘発する。思わず目を閉じた天音に、イツキは薄く微笑んだ。


「おやすみ」


 囁きが耳を擽って、今度はほんの一瞬でも夢を見ない眠りに天音は引きずり込まれていった。

 久しぶりに、途中で目覚めることのない眠りだった。

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