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鈍く光る紅い瞳。カインがその切れ長の目にたじろぐと、ローレンスがため息をついた。
「別に、僕だって叱りたいわけじゃない。でも、」
「“首都”への被害はなかった。それだけで十分だろう」
イツキは戦場にいるときからずっと冷静だった。なんでもないことのように言ってのけるイツキに、ローレンスはイライラと彼を睨めつける。
「それは結果論でしょう? A班が――君が助けに入ったから被害はなかったものの、もし応援がなければB班は全滅していた。そうなれば街への被害も防ぎようがなかったはず」
「でも実際、そうはなっていない。お前のそれは正論だが、過ぎたことを考えていられるほどに俺たちは暇じゃない――そうだろう?」
気がつくとカインの前に立って、イツキは正面からローレンスと対峙していた。間近で見ると思ったより広い背中に、カインは思わず一歩退く。
「……まあ、たしかに」
「ただでさえ人手が足りないんだ。カインを班長から外したら、誰を代役にするつもりなんだよ」
先行部隊はもう空きがないからな? と首を傾げるイツキに、ローレンスは渋い表情を浮かべて黙る。イツキは、もう言いたいことを言い終えたと言わんばかりに淡々と踵を返した。
「そもそも、アキラから仕事を引き継いでから日も浅いんだ。フォローはしてやるからもう少し使ってやれ」
カインの横を風のように通り過ぎて、そのままふらりと廊下の角を曲がって消えてしまう。あまりにも気ままな後ろ姿をぼんやりと眺めて、カインとローレンスは立ち尽くしていた。
「まったく……これだから簡単に何でもこなせる奴は。全部統率してるこっちの身にもなれって話だよな……」
やれやれと頭を振って呟くと、ローレンスはモノクルを親指で持ち上げる。カインを見る緑の瞳は、幾分か柔らかくなっていた。
「とりあえず、君も報告書を書いて出してください。君の解任をゲンジと話し合うのは、もう少し待ちますから」
「ほ……本当ですか?」
カインが目を丸くすると、ローレンスは気まずそうに頬を掻く。
「イツキに言われたからではありませんからね? ただ、僕も冷静さを欠いていました――今ここで、君の仕事を取り上げてしまうのは、たしかにもったいないですね」
ふっと大きく息を吐きだして、ローレンスはカインを見る。
「そういうことですから、今回は報告書で許します。ちゃんと班員と話をして、今後の方針を考えておいてください」
ローレンスもカインの横を通り過ぎて廊下を後にする。そのすれ違いざまに、
「!?」
「誤解のないように言っておきますが――君を、役立たずだと思っているわけではありませんから」
ぽん、と頭を撫でる手。振り返ると静かに微笑む緑の目が、一瞬だけこちらを見て去っていった。
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「あっははは! 元気出せよ〜カイン」
「ほんとそうですわ。アキラなんか、もっと酷い失敗をしてローレンスに殴られたことがあるんですのよ? こんな些末な――まあ些末じゃないかもしれないけれど、こんなもの引きずってたって意味はありませんわ」
賑やかな話し声に紛れて、それでもカインはいつもの元気を取り戻すことができないでいた。《ひととき亭》のテーブル席で、目の前にはアキラとアザレア。二人は口々にカインを慰める。
「ローレンも仕事が詰まってるからなぁ……イライラしてたのはあるかも」
「……この忙しいのに迷惑かけちゃって」
「ローレンスも自分の仕事がこういうものだっていうことは理解していますもの。そんなに気に病む必要はありませんわ」
アザレアの優しい眼差しに、カインはコップの液体燃料をちびちびと啜る。
「自分の悪かったところがわかってんなら、次から同じミスはしないっての。ほら、おかわりしろよ〜」
「そうそ、らしくないですわよカイン」
先輩二人は本気でカインの失敗を何とも思っていないようだ。そんな二人を見ていると――なんだか気持ちが楽になってくる。
――“らしくない”……か
「そういえば、」
ふと思い出して呟く。アキラとアザレアは不思議そうにカインを見つめていた。
「イツキさんに助けてもらったんです。ちょっと意外だったんですけど、あの人って――すごい優しいんですね」




