411,
鈍い音。腕にかかる衝撃。どこか生ぬるい機械油が頬にかかってそれを手の甲で拭う。
――戦線歴2120年も暮れに差し掛かっている。年末の忙しさに明け暮れる暇もなく、外部のアーティファクトたちの侵攻が一層激しさを増していた。
「……こちらB班、カインです。第一通用口付近に敵のアーティファクト……応援をお願いします」
『了解しました、すぐに応援を。えっと……A班が合流します』
冷静さを装っているが、どこか疲れと焦りの色が滲んだ無線の応答。ローレンスも、“兵器”も、“首都”に生きるすべての人間たちも――もちろんカイン自身も、みな疲れているのは同じだった。
「……全軍突撃っ! 一秒でも長く敵を足止めする」
「「了解!」」
カインの叫びに呼応して、ほんの十人ほどの“兵器”たちが走り始める。
アキラに指揮を任され、今まで共に戦ってきた気心の知れた仲間たち。たとえ、自分と仲間の命を賭しても――守らなければならない。
しかし――戦力差は圧倒的だった。
「っ……カイン駄目だ! これ以上はスクラップが出る」
「こっちもだ。応援はまだなのか?」
『遺物境界線』の通用口を塞ぐように身構えながら、カインの周りの“兵器”たちの表情には明らかな疲弊と焦燥とが浮かんでいる。眼前には未だ迫りくる無数の敵――必然のことだった。
「もう少し……もう少しだけ耐えてくれ。今援軍が来る」
「もう無理だっ! 一度撤退を、」
「それじゃあボーダーの中に敵を入れることになる! そんなことできない……」
肩で息をしながら“本体”を握りしめる。痛いくらいに張り詰めた空気に、カインは怖気付いたように身震いする。
「逃げるな……逃げちゃいけない、僕たちは“兵器”だぞ」
怒涛の勢いで迫りくるアーティファクトたちに、カインは夢中で剣を振るう。生と死が隣り合わせに睨み合い、相手を殺して自分が生きる。すべてはこの場所を――自分を救ってくれたこの都市を守るために。
「っ……うっ」
腕が裂ける。鈍い音――今度顔にかかったグリスは、自分のものだった。
「カイン! いいから下がれ、」
「ま、だ……」
仲間の一人がカインを後方へ押しやるが、構うこと無く前に出る。
「こんな……とこで、」
仲間の後ろに隠れてる場合じゃない。倒れるならせめて、敵を――
今にも倒れそうに足をもつれさせながらもカインが走り出ようとしたその瞬間、
「っ!?」
視界を黒い何かに覆われて、思わずぎゅっと目を瞑る。刃物を振るう風切り音と衣擦れの音。悲鳴の隙間を縫って――
「全軍、ボーダーの際まで後退。怪我人は後方、あとは固まってハッチを保護しろ」
この場面にはあまりにそぐわない、冷静な声が目の前から聞こえた。
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「イツキ、A班は全員配置についたぜ」
カインの眼前に立っていたのは黒いマント――援軍を率いてやってきたイツキだった。
「B班は?」
「大体が怪我人だったから後方に――って、カイン? お前も怪我してるじゃねーかよ」
気がつけばこの場にいた全員が後方へと移動し、残っているのはカインとイツキ、そしてイツキに話しかけた“兵器”だけだった。濃い髭と眉が印象的なその男は、カインを見るやいなや肩を貸して彼を立たせる。
「こいつで怪我人は最後だぜ。ったく、無理するじゃねーか」
「わかった。前衛は俺に任せて隊列を組み直せ――相手は五十と少し、できるだけ長期戦は避けたい」
「了解」
イツキの指示を聞くだけ聞いて、カインを半ば引きずるようにして男は後方へと退避する。残ったのはイツキ一人だが――ハッチの手前ではもう既に、援軍であるA班が隊列を組んで待機していた。
「カイン、お前は後ろに下がってろ。今はハッチを開けられないから、とにかく怪我人は待機だ」
「でも、あのままだとイツキさんが一人だ」
荒野。敵の大群を背景にぽつねんとマントの人影。紅い大鎌の刃が、三日月のような円弧を描いて鈍く光った。