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「キミが“精霊の加護”を使い始めたときは、何事かと思ったよ。たかだか、人間の小娘相手にさ」
「あのお嬢さんがつけていたブローチが、旧友に似てたのさ。まあ、ありえないんだけど。――思わず、ね」
言い訳がましく苦笑いするカイトに、アズマはふーん。と間延びした声を上げる。カイトは改めて、街灯で照らされる“壁外”の大通りを見る。
「なにか隠してたように見えたんだけど――僕のプロテクションが効かなかったってことは、嘘はついてなかったんだな……」
「――そうかな?そうとは限らないと思うけど」
アズマの言葉に、カイトはまた彼を見下ろす。
「見た感じ、キミのプロテクションは半分もあの小娘には効いてないぞ」
「――そうなのか?」
「ボクの目を疑わないでほしいな」
アズマの目がキラリと光る。――カイトの目によく似た色だった。
「キミの力をまともに受けて、嘘をつける奴なんていないけどさ。……半分だったら、わかんないねぇ」
アズマの言い回しに、カイトは顎に手を当てた。
「なるほど。――なにかが僕の力の邪魔をしたのか……」
「案外、あの小娘が連れていたのが、本当にキミの旧友だったりしてな」
アズマはニチャア、と実に猫らしく微笑む。カイトはまた苦笑した。
「そんなはずだけはないな。絶対に」
「へぇ。自信満々だねえ」
少し意外そうなアズマを一瞥して、カイトは空を見上げる。もうすっかり、日は落ちてしまっていて――暗い夜空には、この時期になるとよく見えるようになる、赤色の星が浮いていた。
「人間に扱えるものか。あの『死神』が」
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「――ここに誰も近づけないように」
『リン!』
『遺物境界線』の内側。廊下にベルの音が響く。日はすっかり落ちて、それでも窓からはいまだに賑わう街の明かりが見えた。
『パタン……』
木でできた自室のドアを閉めたところで、天音はようやく詰めていた息を吐き出す。彼女が左手を胸の前まで上げると、機械式のランプがぼうっと光る。
握っていた右手を開くと、そこには境界線基地に戻ってくる前に外套の首元から外しておいた精霊護符が乗っていた。
天音がもう一度息を吐くと、彼女の手のひらの上の空気が揺れて、タリスマンが姿を消す。
「随分、面倒な奴が紛れ込んだな」
天音が目を上げると、昼間と変わらない様子で、目の前にイツキが立っていた。天音は返事もせずに、疲れ果てたようにすぐそばに置かれているソファーに身を投げ出す。白銀の髪が、くしゃくしゃと彼女の顔を覆い隠す。イツキはその向かい側に座った。
「――あの人は、いったい、」
「あいつは、“プロテクション・タイプ”のアーティファクトだ」
か細い天音の問いに、イツキは淡々と答える。天音はのろのろと目線だけ上げてイツキを見る。
「“カイト”と呼ばれていた。“精霊の加護”は《深層の証言》」
「――聞いたこと無い能力です」
「だろうな。あいつは北方軍で諜報を得意としていた。……目立たないことにかけては、奴の右に出る者はいない」
旅商隊
“災厄”以後、各地に点々と存在する都市や街を旅して、商業をする行商人の集団。
食料品、衣料品、工芸品などの様々な品物を扱っており、都市間の交易の手段としても活用される。“首都”にも多くのキャラバンがやってくる。