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「は? なにが」
「右耳についてる銀色のやつです。それはなんのパーツですか?」
イツキの横顔。一番目立つのは、やはり首元の紅い精霊護符だが――その上、右耳のふちの部分に銀色の金属でできたなにかがついていた。
「パーツ……? ああこれか。イヤーカフ」
「いやーかふ?」
ますます首を傾げる天音。イツキは耳に手を伸ばしてそれを外すと、目を丸くする彼女に差し出した。
「それ、外れたんですか」
「身体の一部じゃねーよ、流石に。ただのアクセサリーだから」
天音の手のひらにころんと乗せられたのは、小さな金属製の筒だった。耳につけるために側面には切り込みが入っている。しかしそれ以外は何もない、装飾品というには少々殺風景な代物だった。
「イツキも、アクセサリーなんてするんですね」
「……まあ、いろいろとな」
曖昧な返事。見上げるが紅い瞳とは目が合わない。頬杖をついてどこかをぼんやりと見つめる彼の耳にはなにもついていなくて――それが、なんだか少しさみしい気がした。
「じゃあ、大切なものですね」
ありがとうございます。と天音はイヤーカフを差し出す。しかし、それを受け取ってじっと見つめながらイツキは呟いた。
「別に大切なものではない」
「え……?」
「着けられれば何でも良かった」
またイヤーカフをつけ直して、イツキが立ち上がってしまったためそこで会話は終わってしまった。
アクセサリーを着けることは、別に悪いことじゃない。ただ天音には、それがイツキだったことがどうしても不思議でならなかった。
――イヤーカフの、意味
あの後、イヤーカフという装飾品について色々と調べた。大昔――それこそ第一次機械戦争以前の
《アスピトロ公国》の風習では、片耳の耳飾りには意味があるらしい。
左耳の耳飾りには『親愛』『勇敢』『大切』
右耳の耳飾りには『弔い』『戒め』『忘却』
右耳には随分とマイナスな意味合いがあるのだと驚いたが、かつてのアスピトロでは死人の右耳に飾りを着けるのが一般的な死装束だったとか、罪人の証として右耳に鉄の輪を嵌めたとか――右耳に着ける飾りは、一般的には忌み嫌われるものであったことを知った。
今ではもう、廃れて久しい風習だ。そんな意味なんて知っている人はいなくて、数百年経って耳飾りはただの装飾品になった。
でもきっと、イツキは違う。
――『戒め』とか、あのひとならありえるかも
“着けられれば何でも良かった”なんて言っていたのだ。きっとイツキは、あのイヤーカフになにか意味合いを持って着けているに違いない。
そしておそらく、その意味合いで自分をずっと苦しめている。もしそうだとしたら――天音にはそれが、たまらなく悲しいことのように思えた。
「……意味」
――意味を変えてあげることはできないだろうか
人に装飾品を贈るのは、実は結構勇気がいることだと天音は思っていた。
その人が常に身につけるものをあげようとすることは、ともすれば束縛や独占欲の象徴として見られる。重たい感情とか、所有権の誇示とか。実際、天音が持っているイツキに対する感情は自分でも信じられないくらいに重たい。
しかし――天音はむしろ、その重さを利用することにした。
――特殊な機能がついてるわけでもない、ただの金属の塊になってしまうけれど……
ページを捲る。残りの枚数が少なくなっているのがはっきりと見て取れる。この一冊で完成させることはできるだろうか。
――心を縛っているなら……別のもので縛りなおせばいいんだよ
強引な考え方だった。しかし、天音にはこれ以上の名案は思いつかなかったのだ。
受け取ってもらえなかったらそれでいい。何のことはない――耳飾りの意味なんて素知らぬ顔で、“大切な人”に《精霊祭》のプレゼントを渡すだけなんだ。機能は無いが、外付けの追加パーツであると謳って。ただ、“あなたに似合うだろう”と、それだけのふりをして。
「むぅ……」
だからこそ唸らざるをえない。出来栄えは重要だ。
――だってこれは、“大切な人”に贈るプレゼントになってしまうから。
耳飾り(イヤーカフ)の意味合いについては、この作品オリジナルの概念になります。実際、現実世界でもイヤーカフは着ける耳や男女で意味合いが変わるそうですが、中世ヨーロッパの考え方なので現在ではあまり意識されていないようです。