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「別に。世話になっているし、役に立ったならそれでいい」
イツキは淡々と答えてシチューを掬う。スグルは笑った。
「ありがとうございます」
「……」
イツキは無愛想に黙ったままだったが、スグルはそれが彼のデフォルトであることを知っている。これ以上邪魔をしないように立ち去ろうとした瞬間、イツキがまた言葉を発した。
「……マスターも、ローリエに贈り物をするのか?」
「え? ……ええ、そのつもりです」
意外な問いだった。見るとイツキの紅い目はじっとスグルを見上げている。吸い込まれそうなその色に驚きながら、スグルはもう一度彼に向き直った。
「大切な人にプレゼントを贈るのがしきたりですから。《精霊祭》の親からのプレゼントを楽しみにしている子供も多いと聞きますし」
「……そうか」
イツキはふいっとスグルから視線をそらす。紅い瞳はぼんやりと考え込むようにシチューを見つめていた。
「大切な人――」
薄い唇がぼそりと呟く。その瞬間、スグルははっと彼から目をそらした。
「あ、え……お、お邪魔でしたね? ごゆっくり」
慌ててカウンターの奥に戻るが、イツキはそんなスグルには気づかなかったようで微塵も動かない。
「っ……いやぁ、まいったな」
見てはいけないものを見てしまったような、酷い背徳感に襲われる。
ガラス玉のように無機質な紅い目が――信じられないほどに優しい色をしていた。
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「むぅ……」
境界線基地のロビー。柔らかい赤外の光を投げる機械ストーブにへばりついて、天音は眉間に皺を寄せた。
「違う」
手に持っていた無地のノートを捲る。ぐちゃぐちゃに描き散らかされたベージが、あっという間にまっさらになった。
「むぅ……」
再び唸る。右手に握られたペンはものすごい勢いで紙の上を滑るが――たぶんすぐに、このアイデアもボツになるだろう。
「……先生はなにをしているんですの?」
「さあ?」
そんな天音を遠巻きに見て、アザレアとシオンは顔を見合わせる。唸ったり、描いたり唸ったり――明らかにおかしな様子の天音。その理由に、心当たりは一つしか無かった。
「うーん、あれが“恋する乙女”っていうやつ? 思ったよりも……なんか、もっと可愛いって聞いてた」
「あら、先生は可愛いですわよ? あれは経験と色気が足りないせいですわ」
来る十二月二十五日は――戦線歴2120年は、世の人間たちにとって喜ばしいことに、日曜日にあたった《精霊祭》の日である。つまり天音の悩みは――
「イツキだね」
「イツキですわね」
“大切な人に贈り物をする”なぞという、いかにも色恋沙汰が大好きな人間が考えたのであろう慣習を、意外なことに天音もまた守るべきものとして扱っている。もっとも去年までの天音なら、知り合いの人間には安いお菓子をばらまき、“兵器”には『年末大感謝祭』と銘打った恐怖のメンテナンス祭りを開催するという――良く言えば博愛主義、悪く言えばただの惰性とも言えるプレゼントを文字通り贈りつけるだろう。
「あの様子だと、今年はついに一斉メンテナンスが無くなりそうですわね。ここまでイツキの存在がありがたく感じたことはありませんわ〜」
「アザレアはイツキの事を何だと思っているんだろう……」
目を輝かせるアザレアに、呆れ顔のシオン。
そんな二人に見られているとはつゆ知らず、天音は一心不乱に手を動かしていた。
「むぅ……」
またページを捲る。気に入った形にならない。ものづくりには自信があるのに、どうにもうまくいかない。――作っているのはイツキの追加パーツのデザイン案だった。
――『その、耳に付いてるのはなんですか?』
きっかけは天音の些細な問いだった。




