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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter3,『正義の基準』
40/476

40,

 ――っ、


 ドクン。と心臓が嫌な音を立てた。目眩が、どんどん激しくなっていく。


「……素敵なブローチですね」


 しかし、そんな天音にはお構いなしに、男は天音の首元を見てそう言った。その目が鈍く光る。


「――」


「前に一度、それによく似たものを見たことがあるんです。……()()()()()、なんですけど」


 ――まずいっ


 その言葉にうなずいてしまいそうになる。できるだけ表情に出ないように堪えてはいるが、強くなる目眩と、緑色の目から目が離せないことで、天音の頭からは徐々に思考が止まっていく。


「こ、れは」


「これは?」


 男の声が頭の中にぐわんと響く。促すようなその言葉に、無意識に天音は真実を話そうとしていた。


 しかし。



『巫剣 天音』



 その刹那、頭の中にもう一つ低い声が天音の名前を呼んで響く。イツキの声だと気づいた途端、彼女の意識は現実に引き戻された。


『そいつの目を見るな』


 淡々としたその声に、天音は目眩を振り切って下を向く。

 ふっと、体が楽になった。


「……」


「これは……えと、母の形見なんです」


 下を向いたまま、天音はどうにか言葉を発した。そこからほんの数秒の沈黙が、天音にはとても長く感じられた。


「そう、ですか」


 男の声が再び聞こえた。天音は彼の顔を見ないようにしながら顔を上げる。


「どうやら勘違いだったようです。失礼をしました」


「い、え」


 変わらない調子の男の声に、天音はさとられないように肩の力を抜く。

 衣擦れの音がして見ると、その男は店の中に入っていく。


「お買い物ならぜひ見てってください。――と言っても、若いお嬢さんがお気に召すものは、無いかもしれませんが」


 視界に入る唇は、そう言って柔らかく弧を描く。天音はその言葉に従いかけたが、先程の異変が脳裏をよぎり、逡巡する。


『やめておけ。――これ以上この男を相手にするのは、こちらの分が悪い』


 イツキの引き止めるような声に、天音は被ったフードの端を両手で握る。


「すみません。えと、遅くなると――親に怒られてしまうので、また今度にします」


 天音はどうにかそう言ってぺこりと頭を下げると、再び下を向いて歩きはじめようとする。と、その後ろから男が声をかけてきた。天音は慌てて後ろを振り返る。


「しばらくはここに店を出しますので、良ければまたいらしてくださいね。お嬢さん」


「――はい」


 最後に一瞬だけ見えたその男の目は、やはり仄暗い光を灯した緑色だった。



<><><>



「奇妙なお客だね」


 どこか幼さの残る小さな客人の後ろ姿を眺めていた男は、後ろからかけられた声に振り返る。

 黒い鉄の塊のような見た目をした装甲車から、降りてきたのは――


「ちゃんと人がいなくなってから喋るようにしてくれないかな、“アズマ”」


 黒い、艶々とした毛並みを持った猫だった。その猫が口を開くと、少年のように少し高い声がその男をなじる。


「この距離で、人間に聞こえると思うかい?ボクはそうは思わないなぁ――。神経質すぎるよ、“カイト”」


 その男――カイトは、緑色の細い目を更に細め、アズマと名のついた黒猫を見つめる。カイトの視線には構わず、アズマは誰もいなくなった店先を眺めた。

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