4,
『オテガミ。オテガミ。“ダイゲンスイサマ”から、オテガミガトドイタヨ!』
春の光が降り注ぐ窓辺。窓の桟に、真鍮でできた機械仕掛けの小鳥が止まった。
『遺物境界線』の中にある、“境界線基地”の端の一室。ごちゃごちゃとした狭い部屋には、工業油の匂いがほのかに漂っている。
部屋の奥、薄暗がりの方からひらりと人影が現れた。
『キョウ、スゴクイイテンキ。ネエ、スゴクイイテンキ、ダヨ!』
「……そうだね。ありがとう」
小鳥がけたたましくさえずりながら差し出した封筒を、その人物は受け取る。
「……“大元帥”、か……」
小さく呟くと、ペーパーナイフで封を切り中身を取り出す。形式的な挨拶の言葉を読み飛ばし、その先の文面を追う。
――著しい戦況の悪化により、新たな戦力を投下することを決めた。
「戦力」
呟いてみれば……その言葉の、なんと物騒なことか。
――そのため、貴殿には配備に先立ってその“兵器”の修繕を頼みたい……
『……ネエ、オヘンジハ?オヘンジハ?』
「……自分で直したはいいけど、うるさい鳥」
相変わらず、窓辺でキラキラと輝く“自動伝書機”の真鍮の頭を指先で軽く小突く。返事なんて、決まっている。
その人物は、古びたマホガニーのデスクに近づくと、その引き出しの中から白い便箋を引っ張り出した。
――お手紙、拝読いたしました
「答えは……“はい”か“イエス”か“喜んで!”、っと……」
――謹んで、ご依頼をお受けいたします
「……難儀な仕事ね」
封蝋を温めながら、憂鬱なため息をひとつ。とろりと、白い封筒の上を流れる青色の蝋にシーリングスタンプを押し当てる。
「ほら、“お返事”」
返事の封筒を差し出すと、キャリアー・ピジョンは首を傾げる。
『ダレカラ、ダレマデ?ドコカラ、ドコマデ?』
「……境界線基地所属『指定修繕師』から、『首都中枢塔』大元帥、的場 茜様まで……。迷子にならずに、届けてきなさい」
『カシコマリ、カシコマリ!』
キャリアー・ピジョンは手紙を受け取ると飛び去った。その小さくなる姿を目で追う。視界の端にポリティクス・ツリーが映った。
「新しい、“戦力”……」
かの名高き大元帥様は、この後に及んでまだアーティファクトを使おうとしているようだ。
――『人工遺物』
それは今から百年も前に終戦となった『第二次機械戦争』で使用された機械兵器の総称だ。当時、世界は北方軍と南方軍のふたつに分かれて戦い……互いに、勝つためにアーティファクトを使った。
もっとも、そのせいで世界の人口は半分に減ることになったのだが。
しかし、その“大戦”が終戦してからおよそ五十年後の、戦線歴2070年 10月15日。終戦を境に各地に打ち捨てられていたアーティファクトたちが暴走。当時の首都に大群で攻め入り、この攻撃で首都の人口のおよそ三分の一が死んだという。
以来、この街……正確に言うと人類そのものが、アーティファクトに怯えながら生きている。
「難儀な仕事、ね……」
その人物は窓の桟にもたれかかって、“壁外”の街並みを眺める。キャリアー・ピジョンも言っていたとおり、いい天気だ。
「『修繕師』も、“兵器”も……」
窓の下を見ると、遥か下の地面で働く“兵器”と呼ばれるアーティファクトたちが見えた。彼らは、わずかに人間のもとに残っていたアーティファクトたちだ。
“アーティファクトにはアーティファクトを”
かつてそう言われたとおり、アーティファクトは人間には破壊できない。アーティファクトを倒せるのは同族のアーティファクトのみだ。だから、
「性懲りもなく……」
人類はアーティファクトを使い続ける。
難儀なものだ。“兵器”も、彼らを修繕することを専門とする『修繕師』も。
誰かのために戦うことのみを許された。そういう仕事だ。
『リン!』
不意に表のベルが鳴った。その人物ははっと顔を上げる。
『先生〜!修繕師の先生、急患っす!』
ドア越しに響く声。
その人物はドアを開けるため、再び暗がりに消えた。