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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter11,『夢と現に』
395/476

395,

「どうしたの?」


「あれは……なんでしょうか」


 天音が指さした先は庭園のちょうど中心、円形に花壇が配置されたその真ん中に置かれている石像だった。

 ――男女と思しき人間の立像だった。髪の長い美しい女性とたくましい美丈夫が背中合わせで立っている。真っ白な石でできている像はそれが乗っている台座とは対照的に苔一つ付いておらず、朝日に輝いて白苑宮の空気以上の神聖さをまとって佇んでいた。


「あれは《精霊神》様の御像よ」


「……《精霊神》?」


 聞いたことのない言葉だった。思わず像に近づいてもう一度それを見上げる天音に、麗玲は静かに歩み寄る。


「“首都”には《精霊神》様の伝承は無いのかしら。春苑ではありふれたおとぎ話――というか、信仰の一つよ」


「信仰……宗教ということですか?」


「《精霊神》信仰はかつて、春苑の国教だったの。今はもう違うけれど――それでもなお信じている人たちがたくさんいる」


 麗玲はそっと像の台座に手を置く。ふかりと苔が彼女の手を受け止める。


「昔々……この世界ができた頃より、人間たちはいがみ合い戦争が絶えなかった。そんな人間たちを見かね、二柱の神が天より降臨なさった」


 風が静かに頬を撫でる。語る声をそっとなびかせるそれはひどく冷たい。

 ――不思議と、白い像の表情はどこまでも穏やかに見えた。


「神々は《精霊》と呼ばれる不思議な力を持つ存在を使役して、人間たちを治めた。平穏と豊かさをもたらした神々は、その人智を超えた力により畏れられ、崇められ……《精霊神》と呼ばれた。これが春苑や周辺地域に伝わる《精霊神》信仰の物語よ」



 ――『むかーしむかし、』


 ――『天上におわした神様が、とある人間の娘に恋をして……』


「神様の話なら聞いたことがあります。子供向けのおとぎ話でしたが」


 天音の言葉に麗玲は顔を上げて、少しだけ目を見開く。どこか張り詰めた天音の横顔に、しかし麗玲は気づかなかったふりをして笑った。


「じゃあ、“首都”にも似たようなお話があるのね。この手の話は、子どもたちの情操教育に役立つ教訓と、為政者によって造り出された絵空事と――ほんの少しの真実を併せ持っている」


 麗玲が見上げた白い像は、凛と顔を上に向けてその場に立っていた。


「神様たちはとても仲が良かったとか、逆に犬猿の仲だったとか……兄妹だったとか恋人だったとか、様々に語られているの」


 背中合わせは信頼なのか嫌悪なのか。二人の目の色は同じだったのか違ったのか。この白い像はなにも語らないままただそこに立っている。


「案外、古の時代には本当に神様がいたのかもしれないわ。面白いわね、おとぎ話は」


「……そうですね」


 風が天音の白銀の髪をなぶる。脳裏を翻った緑生い茂る風景を、天音は見なかったことにした。


「さ、そろそろ戻りましょう、アマネ。青嵐に内緒で出てきちゃったから……見つかると大変だわ」


「それは……かなりまずくないですか!?」


 慌てた天音の声。その表情は一転していつもとなにも変わらないものになっている。麗玲はどこか安堵した心を隠して声を立てて笑った。


「早く戻りましょ、朝餉は一緒に食べるでしょう?」


 二人は庭園を後にしようと歩き出したが――ふと、天音は一瞬振り返る。視界の中心でぽつりと佇む石像の純白が目に焼き付く。


「《精霊神》……」


 残像が白昼夢のように網膜に残って、それに静かに目をつむって天音は再び歩き始める。


「あ……」


「アマネ?」


 天音の小さな声に耳ざとく気づいたのか、麗玲が不思議そうに首を傾げる。天音は慌てて首を横に振った。


「なんでも無いです。早く行きましょう」


 風の音がいやに耳に残る。咄嗟に貼り付けた笑顔の裏で、棘が刺さったように妙な疑問が胸を掠めた。



 ――そう言えば、夢を見なかったな

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