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「……っていうか今更なんですけど、一晩イツキと同じ部屋なんですか」
「本当に今更だな。気になるなら外に出ているが」
「いいですってそんなことしなくて……別に、気になるわけじゃないですよ」
風呂から上がった天音は暖炉の前で髪を乾かしながらイツキを見上げる。ソファーに座った彼は訝しげに首を傾げた。
「気にならないなら別にいいだろ」
――そうじゃないんだよなぁ……
暖炉の火を見つめながら、どう言葉にしたものか考える。かさりと薪が音を立てた。
「最近……夢見が悪いと言うか」
「……」
「なんか、変な夢を見ることが多くて……寝言とか? 言ってるかもしれなくって」
考えた挙げ句、天音は素直に打ち明けることにした。夢の内容を言わない限りはイツキがあんな顔をすることは無いだろう。
「うなされるのか?」
イツキの表情はどこか陰っていた。天音は慌てて両手を振る。
「うなされるっていうか……えっと、寝言ですよ。たぶん」
眠っている状態の自分のことはわからないから正直なんとも言えない。笑いながらひらひらと手を振る彼女に、イツキはため息をついた。
「だからその、イツキに迷惑かけるかもなーって。イツキの休息の邪魔をしちゃいそうで」
「そのくらいは気にしない。別に寝れるわけじゃないし……いいよ、うなされてたら起こしてやる」
イツキは相変わらずの無表情だったが、紅い目はどこか優しさが滲んでいた。こそばゆいようなその視線に撫でられて天音の心臓はおかしな音を立てる。
「うあぁ……そ、こまでしてもらわなくても」
「寝れないよりマシだろ。つか、髪乾かし終わったんならさっさと寝ろ。今何時だと思ってやがる」
天音の髪をくしゃりと撫でてイツキは立ち上がる。天音はしばらく惚けていたが、のろのろと立ち上がると彼の後をついて行った。
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「……『古代戦争』か」
「はい。なにかご存知ありませんか?」
――《エレブシナ王国》の“管理者”・エゲルが目を覚ましたのは、結局その日の午後だった。アリシアと同じように天音と二人きりになってくれた彼は、玉座の上でじっと考え込む。
「名前はアリシアから聞いたことがある。それはどの“管理者”も皆同じだろう。しかし、我は他の“管理者”のようにその戦争に関する直接の記憶を持っていない。君も知っての通り、我は同盟都市の“管理者”の中でもっとも新しいアーティファクトだ」
「そう……ですか」
天音の声にエゲルは申し訳無さそうに微笑む。黒曜石のような瞳が彼女を見つめていた。
「あまり役に立てないな、すまない。ただ、」
エゲルの言葉に顔を上げる。彼は変わらず微笑んでいた。
「この城の書庫にあった書物の中に、いくつか『古代戦争』に関係していると思しき記述があった。もしかすると君にとっては既知の内容かもしれないが……話すことはできる」
「ほ……本当ですか!?」
目を丸くした天音にエゲルは語りだす。
人類最古の戦争。アーティファクトを使った戦い。その後の復興――
大体は天音の知っていることだった。が、エゲルの話の中に一つ、彼女の中で引っかかるものがあった。
「それじゃあ『古代戦争』は……人間同士の戦いでは無かったんですか?」
「厳密に言うと、最初は人と人の戦いだった。そもそも『古代戦争』という名称は第一次機械戦争よりも前の数千年の中で起こった戦争全ての総称だ。その数千年の最終盤……一番最後に起こった戦いは人間とアーティファクトの間で起きた戦いだったとされている」
長い戦乱の中で、最後にアーティファクトは人間に対して牙を向けた。もしかしたら逆なのかもしれないが、それはまるで――
「……まるで今の世の中のようだな。歴史は繰り返すとはこのことであろう」
「そうですね」
うつむいた天音にエゲルはそっと目を瞑る。刹那の沈黙。
「我が語れるのはここまでだ。少しは役に立てただろうか」
「はい。また少し、発見があったので」
数千年の戦乱。その最後は、人間がアーティファクトに勝って今があるのか、負けて今があるのか――どちらなのかはわからない。
天音の脳裏にあの神殿のような建物の風景が翻った。
――ソルは……いったい、
エゲルと別れ地下広間を後にする。数千年前の、天音には想像もできないくらい昔の記憶。
そんな物を見せて、彼女は天音になにをさせようとしているのだろうか。




