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――『ここより先、地下広間は神聖な場所ですので……立ち入りを認めることはできません』
天音に続いてここに入ろうとしたとき、衛兵にこう止められたのを思い出す。天音とアルバートが必死に交渉し、挙句の果てにリヒトが直々に許可を下ろしたとかなんとか――そんな事を語りながらアルバートは広間の真ん中へとイツキを連れて行った。
「エゲル様はエレブシナ建国の際、初代国王に力を貸してこの国に豊かさをもたらしてくださったアーティファクトなんです。この国の神様のようなお方なんです」
「……神様、か」
広間の中央。一心不乱に手を動かす天音の白銀の髪が淡く輝いている。そんな彼女の目の前には豪奢な装飾が施された背の高い玉座が鎮座しており――そこに座って天音の修繕を受けているのは痩躯の男だった。
「あれが?」
「はい。あの方がエゲル様です」
一つに括られた黒い長髪は肩から溢れるように垂れ、閉じられた瞼は眠っているようだ。見た目の年齢はイツキやアキラとさして変わらないように見える。アルバートはぎゅっと眉を寄せた。
「二週間ほど前、大規模な外部のアーティファクトによる襲撃が起こって……その時からずっと具合が良くなかったみたいなんです。それで王宮の修繕師たちもあれこれとメンテナンスをおこなっていたのですが、ついに目を覚まされなくなってしまって」
「“首都”のマザーと同じだな。ダルグの“管理者”とも」
イツキの言葉にアルバートはうなずく。彼は腕まくりをしてイツキを見上げた。
「僕は巫剣先生のお手伝いをします。お構いできずすみません」
「気にしなくていい」
淡々としたイツキの返答。アルバートはにっこりと笑って一礼すると、天音に駆け寄っていった。
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「……ね、むい」
「こんな遅くまで作業しているからだ。エレブシナの修繕師も困惑していただろ……お前がいつまでも作業をやめないから」
目をこすりこすり、ほとんど意識のないままにふらふらと歩く天音。呆れたようにため息をついて、ふらりと倒れかかる彼女の腕を掴むイツキ。二人は城の侍女に連れられてシャンデリアの照らす長い廊下を進んでいた。
「真面目に歩け」
「あ、歩いてますよ? ちが……すごく眠くて……」
ぶんぶんと頭を振って天音はどうにか瞼をこじ開ける。そんな彼女の腕を離さないままにイツキはまた息を吐き出した。
「そんなに焦らなくても、ちゃんと修繕は終わりそうなんだろ? なにをあんなに必死になっていたんだ」
作業中の天音の集中力は凄まじいものだった。それこそ、イツキが強引にエゲルから彼女を引き剥がさなければならないほどには。
「必死……というか、やめられなくなっちゃって。ああいうのってどこで切るのがちょうどいいのかわかんないですよね」
「――もっとマシな理由があるんじゃないかと思った俺が馬鹿だった。お前らしいな」
ぐっと腕を引っ張り上げられて天音はふらふらとしながらもまた歩き始める。
「お前な……ダルグでも完徹したし装甲車の中でもよく眠れて無いだろ? いい加減ちゃんと休まないと、また過労でぶっ倒れるぞ」
「うう……休むつもりはあるんです。今晩はちゃんと寝ますから」
重い瞼を必死に持ち上げながら天音はどこか上の空で答える。ちょうどその時、二人の前を歩いていた侍女が足を止めた。
「こちらのお部屋です。中の物はご自由に使っていただいて構いません。なにかございましたら遠慮なくお呼びください」
「ありがと……ございま、す……」
「助かった」
ついにがくっと倒れかかる天音を抱き上げてイツキは侍女を見やる。ほんの少し微笑んで彼女は頭を下げた。
「この城に、わざわざエレブシナのために来てくださった大切なお客様方ですので。どうかごゆっくりお休みください」
背を向けて去っていく侍女を一瞥してイツキは客間のドアを押し開けた。
――華やかだがどこか控えめなシャンデリアの明かり。ふかふかとしたカーペットに重厚な暖炉。ぱちぱちとはぜる火は、わざわざ客人のために用意されたものだろう。
「……はっ! ごめんなさい、寝てました」
「もう寝てろよ」
「いえ……せめてお風呂に入りたいです」
じたばたと藻掻いて天音はイツキの腕から抜け出す。胡乱な目を向けるイツキに彼女は首を傾げた。




