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「アリシア様!?」
カワムラが慌ててその顔を覗き込む。不思議そうに瞬きをする美しい瞳はぼんやりと曇っていたが――やがてなにかに気づいたように焦燥を滲ませた。彼女は勢いよく飛び起きてカワムラを見つめる。
「大変っ! 私、眠ってしまっていて……ごめんなさい、こんなときに私」
「大丈夫ですアリシア様。アリシア様が意識を失っておられた間、ダルグへのアーティファクトの攻撃はありませんでした」
カワムラは安心させようと微笑んで、そんな彼の言葉にアリシアはひとまず安心したようだ。
「そう……。よかった、もしダルグになにかあったら」
胸に手を当て、カワムラの言葉を噛みしめるように息を吐き出す。カワムラも他の修繕師たちも、しばらくそうやって静かにアリシアを見守っていた。
「……ありがとうございます、カワムラ」
不意にアリシアの鈴を鳴らしたような軽やかな声が響く。カワムラが顔を上げると彼女はにっこりと――彼がいつも見ている穏やかな笑みを浮かべていた。
「あなたが直してくれたのでしょう? 大変だったはず……だって私、こんなにオンボロで」
「アリシア様がオンボロなんてことは、万が一にもありえません。それに……あなたを直したのは私ではなく」
「?」
きょとんと首を傾げたアリシアに、カワムラは天音の方を振り返る。刹那、天音の蒼い瞳とアリシアの視線が交錯した。
「“首都”の『指定修繕師』殿です」
「“首都”……の、修繕師……?」
アリシアの問いにカワムラはうなずく。
「はい。古い機械の修繕にも精通されておりまして、この度アリシア様の修繕のためにダルグまで来ていただいて……」
「……」
「アリシア様?」
カワムラの説明を、しかしアリシアはまるで聞いていないようだった。不思議そうな、どこか驚いたような表情で天音を見つめている。小さな手がかすかに震えていた。
「――ユーリさんはどうしたのですか?」
アリシアの蚊の鳴くようなか細い声。天音ははっと目を丸くして、気まずそうにアリシアから目をそらした。
「ユーリ・アクタガワは亡くなりました」
「っ!?」
「ご挨拶が遅れてしまってすみません。“首都”の修繕師、巫剣 天音と申します――ユーリ・アクタガワの養女です」
天音を見つめる空色の瞳はしばらく呆然としていたが、やがてきゅっと細められる。
「ユーリさんは、いなくなってしまったのですね」
「……はい」
「そう……そう。人の生とはとても短い……」
悲しげに沈んだ声に天音はぐっと両手を胸の前で握り合わせる。それを一瞥してアリシアはそっと笑った。
「ごめんなさい、あなたにがっかりしたという訳では無いのです。ただ、ユーリさんは私にとても優しくしてくれた、私の恩人だから……悲しくなってしまって。ごめんなさい、びっくりさせてしまいましたね」
「いえ、」
なんと答えて良いかわからなかった。ここにもまた養父を慕うひとがいて、その人は花のような淡い笑みを浮かべている。
「改めまして、私はダルグの“管理者”をしていますアーティファクト――どうぞアリシアと呼んでください。遠路はるばるやってきて、私を直してくれたことは感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」
「こちらこそ、お役に立てて光栄です。身体に不具合はありませんか?」
天音の問いかけにアリシアはほんの少しの間目を閉じて、すぐに微笑む。
「何の問題もありません。むしろ前よりも調子がいいみたい」
ふわりとした笑み。さらさらと金色の髪が揺れる。天音はほっと息を吐き出した。
「よかった……無事に直せて」
「本当にありがとうございます」
アリシアは天音に深々と頭を下げる。他の修繕師たちも口々に賛辞を送る。
薄暗い部屋の中からは見えなかったが、徐々に日が昇り始めたその日のダルグの空は珍しく雲一つ無かったという。




