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「……見張り役を任せてしまってすみません。皆様の様子はいかがですか?」
薄暗い明かりの中、イツキは静かに振り返る。彼の肩越し、地下広間で忙しなく行き交う修繕師たちを見つめる安田が佇んでいた。
「徹夜するつもりかもな」
「この状況で、止めるつもりなんて毛頭ありませんが……大丈夫でしょうか」
「ああ見えて意外に丈夫だ。一晩二晩くらい寝なくてもどうということはない」
イツキの言葉に安田は口を閉ざす。しばらくそうやって二人で並んで広間の様子を眺めていた。
「――この度は、本当にありがとうございました」
不意に安田が呟く。目を上げたイツキを彼女はじっと見つめていた。
「“首都”も大変な状況であるはずなのに、ここまでダルグに力を貸してくださっていることを感謝してもしきれません」
「その言葉は天音に言ってやってくれ。俺が聞くのは筋違いだ」
「“兵器”について詳しい訳ではありませんが、大変な思いをしながらも修繕師殿の護衛としてついてきてくださっているのです。あなたにもお礼を言うのは当然のことと思います」
安田の柔らかな微笑みにイツキはまた黙った。薄ぼんやりと揺れる蝋燭の影。それを横切る人間たち。
「仕事だ。それ以上でもそれ以下でもない……別に、ダルグがどうなろうが俺の知ったことでは無いからな」
「……」
ちらりとまた明かりが揺れた。淡白なイツキの紅い目は凪いだままじっと人影を追っている。
「俺は天音についてきただけだ。あいつはダルグのためを思ってここにいるんだろうが、俺はそうじゃない」
「ふふっ」
しかし――
「何がおかしい」
そんな彼の横顔を見て安田はただ笑うだけだった。
「いいえ、おかしいのでは無いのですよ。ただ、」
「……」
「ただ、あなたはあまり機械らしくないなぁ、と」
ふわりと細められた安田の目はイツキの無礼千万な発言をまったく気にしていないようだ。訝しげなイツキの表情に彼女はちらりと天音を見やった。
「馬鹿にしたいとか、そういうつもりは無いんです。ただ、なんか微笑ましいなと思いまして……あなたは機械であるはずなのに、本当に修繕師殿のことが大切なんですね」
「……別に」
「そういうところが人間にそっくりなんですよ。まあ、あなたにとっては不本意かもしれませんが」
笑みを絶やさない安田。イツキはふいっと横を向いてしまう。沈黙の隙間に安田は息を吐き出した。
「なんか、素敵ですね。機械も恋をするのですね」
「恋じゃない」
短く、しかしきっぱりと言い切ったイツキの表情はフードの影に隠れてしまっていた。安田は目を瞑る。
「恋じゃなくても、私は修繕師殿が羨ましいです。か弱い乙女の時分に、私もこんなふうに誰かに優しく守られてみたかったなぁ……なんて。私と亭主はそういう関係では無かったし、きっとこれからもそんなふうになることは無いと思いますから」
横目でじっとうかがう紅い瞳の気配を感じたのだろう。安田はくすくすと笑った。
「私は部下で亭主は上司。この都市のトップと私みたいな一市民では身分差があまりにもありすぎて、正直色恋云々では無かったんですよ」
「……まさか、あの大提督とやらのことを話しているんでは無いだろうな?」
イツキは首を横に振るが、安田の表情が彼が正解を射抜いたことを物語っている。ため息をつくイツキ。
「マジか」
「仕事上では名字を分けているので、あまり気にされることはありませんが……あの人はこれが嫌で、私のことはどんな状況でもエリカと呼ぶんです」
女々しいでしょう? と安田は苦笑して再び広間に目を向ける。その表情は昔を懐かしむような、そんなノスタルジーを目で追っているようだった。
「若いときのあの人は、どこかあなたに似ているような気がします。無愛想で無関心なのに、なんだかんだで優しくて大切にしてくれる。人間ですから機械より頼りがいはありませんでしたが」
「……文句を言っていたわりに惚気か。そういうのを聞かせたいなら他をあたってくれ」
辟易とした表情で鼻を鳴らすイツキ。安田はなにも言わずにただ笑っている。
――蝋燭の明かりの中でひらりと翻る白銀の髪に、イツキは静かに瞬きをした。
 




