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郊外都市・ダルグは雪原の中にぽつんと浮かぶ城塞都市だ。
“首都”ほどではないが堅牢な壁に周囲を囲まれ、その隙間から見える街並みは黒く影を落としている。装甲車から降りた途端に襲ってきた身を切るような寒さに天音は震えた。
「さ……む……」
「ここじゃあ年中こうですよ」
荷下ろしをしていた乗員の一人が天音を見て笑う。
「一年中雪が降るんですけどこの時期は特に酷くてね。壁の中に入っちゃえばあまり気になんなくなりますから、早く中に行ったほうがいいですよ」
そう言って男は朗らかに笑う。彼のアドバイスに従って、天音はイツキとともに高い壁にぽっかりと開いた門をくぐった。
「お待ちしておりました……“首都”の『指定修繕師』殿」
門を入って数メートル進んだところで、不意に横から声をかけられた。天音とイツキが振り向くと、二人のすぐ側に一人の女が立っているのが見える。彼女は近づいてきて胸に右手を当てて深々と頭を下げた。
「修繕師殿をお迎えに上がりました。ダルグ大提督の側近、安田とお呼びください」
きりりと整った眉が印象的なその女はスーツを身にまとっていた。
「“首都”より参りました、修繕師の巫剣です。こっちは護衛のひとで……えっと、わざわざありがとうございます」
わたわたと頭を下げる天音。イツキは軽く会釈をしただけだった。
「いえ、本来は大提督自ら出迎えなければならいところを――この情勢で公務が立て込んでおりまして、城の外にすら出ることができないのです」
「えあ……わ、私はそんなに大層な人間じゃないので、お気遣いなく」
激しく首を横にふる天音に安田は優しげに微笑む。かっちりとした見た目をしているが微笑むとだいぶ印象が変わる人物だ。
「こちらがお呼び立てしたのですから当然の礼儀です。どうぞこちらに――我らが“アーテル城”にご案内いたします」
道の脇に大きな馬車が停まっていることに、安田の言葉を聞いて初めて気づく。彼女が指し示した街の中心部――“首都”ならちょうどポリティクス・ツリーがあるあたりに、幾本もの尖塔が天を突く巨大な城が建っているのが見えた。
「アーテル城は戦前、まだダルグが《シレリア連邦》の一部であった頃よりこの辺り一帯の中枢として働いております。今は大提督の居城であり政治の行われる場所です」
馬車の中から見上げる城は“黒”の名の通り、黒色で統一された屋根と壁の色が曇った空に映える。いやに威圧感のある建物だった。
「戦前……第二次機械戦争以前の建物なんですか?」
「第一次機械戦争以前の建物ですよ。その昔はこの地域を統べる領主の居城だったとかで、築城から数百年は経っています」
安田の言葉に天音は目を丸くして再び窓の外を見る。
「“大戦”以前の建物はみんな失われてしまったんだと思っていました」
「普通はそうです。アーテル城は特別なんですよ。城下の街並みはすべて焼かれ、跡形も無く消えてしまったらしいのですが……不思議なことに城だけが戦火を免れて残ったと聞いております」
そんな話をしている間に、馬車は城門をくぐり城のすぐ目の前に停まった。外から扉が開けられる。
「どうぞ」
天音とイツキが降りると御者と扉を開けてくれた従者らしき人物が頭を下げる。安田は二人の後に続いて降りて、従者と一言二言言葉を交わした。
「……大提督が早速修繕師殿にお会いしたいと。生憎まだ執務室から出られないようで――本当に申し訳ないです」
「いえ、お気になさらずっ!」
また慌ただしく首を振る天音に安田は微笑む。気がつくと従者は姿を消していて、安田を先頭に三人は城の中に入っていった。
「――あまり変わらないな」
太い柱と床には分厚い絨毯。静謐な空気が漂うロビーで、不意に今まで黙っていたイツキが呟く。
「え?」
「昔来たときとあまり変わらないな――と、思っただけだ」




