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「君、そろそろ代わるよ〜? 寒いだろ、中に入ってなさい」
「寒さは感じないから気にしないでいい。それより、そろそろまた雪が降ってきそうだ」
冷たい風になぶられながらイツキは空を見上げる。どんよりと鈍色に沈んだ空の色に紅い目が細まる。
天音についてダルグを目指し始めて丸一日。装甲車の屋根の上で警備を続けていたイツキは、ハッチを開けて現れた乗員の男を一瞥しただけだったが――その男は朗らかに笑った。
「雪ぐらいどーってことないね。見張りくらい、俺みたいな人間にだってできるっての。なんかあったら呼ぶから、少しくらい君も休んだほうがいい」
もうすぐダルグに着くし。と男は強引にイツキを押しのけてくる。慌ててその体に触れてしまわないようにタラップを下りると、彼の目の前でハッチが勢いよく閉まる。イツキは静かにため息をついた。
――余計な真似を……
ふと目をやると、装甲車の小窓から雪がちらつき始めたのが見える。この雪の中、わざわざ見張りに立とうとする神経が理解できない。そんなことは機械に任せておけばいいのに。
それでも百パーセントの好意からきた行動にこれ以上抗う気も起きず、イツキは天音がいるはずの貨物室に戻った。
ぎちぎちに荷物が詰め込まれた貨物室は、本来は人が乗るところではない。元はと言えば、この装甲車はダルグ、春苑、《エレブシナ王国》をぐるりと巡って“首都”へと戻ってくる“首都”官営の巡回車。大量の物資を積んで旅商隊と同じように交易をする車に的場が特別に天音とイツキを乗せるように指示したのだ。
強引に荷物の間に隙間を作り、機械ストーブを持ち込んで人間が数日間寒さをしのげるようにしてある小さな空間の中、天音は壁に背を預けてうずくまりじっと本を読んでいた。
「……イツキ、」
荷物の隙間から現れたイツキの姿に天音は顔を上げる。
「もう少しで着くらしい。荷物をまとめとけ」
「どのくらい滞在することになりそうですか?」
「さあ……お前が“管理者”の修繕にどれだけ時間をかけるかによって変わるだろ」
ただ。とイツキは彼女のすぐ隣に腰を下ろす。
「装甲車の滞在期間は最大でも二日までらしい。次もこの車に乗りたいなら、さっさと終わらせるのがいいだろうな」
「元から早く終わらせるつもりですから、そんなにはかからないと思います。早く帰りたいので」
天音はふん、と息を吐き出すと手に持った本を閉じる。しばらく二人は無言だったが――ふと、天音が何かを思いついたようにニヤリと笑って、立ち上がるとイツキに近づいた。
「おい、お前……」
「いいじゃないですかちょっとくらい。寒いんですよ〜」
イツキが反応するよりも先に彼の足の間に滑り込んで、天音は満足げに目を細める。剣呑な声とは裏腹に乱暴に抵抗してこないあたりはイツキの優しさだろう。天音はにんまりと笑った。
「退け」
「いやです」
「寒いって、別に暖かくも無いだろ? 俺のところに来るくらいならいっそ、ストーブに抱きついたほうがいい」
「イツキはあったかいですよ? 今更この程度で照れないでくださいよ――あなたのほうが、私にいろいろしてきたくせに」
もたれかかってもイツキの体はびくともしない。天音は仕返しをしているつもりなのだろうか。イツキは目の前の天音の頭頂部をしばらく眺めて、やがて呆れたように彼女の肩に頭を乗せた。
「好きにしろ、もう」
「もちろん好きにします。毛布を持ってくればよかったと後悔していたんですけど……イツキでいいですね。っていうか、イツキのほうがいいです」
「そいつはどうも」
脱力するイツキに天音は微笑む。にわかに貨物室の外が賑やかになるのを聞いて窓から外を見れば、雪で白く濁った風景の中に建物が見え始めていた。
「準備しろ、もう着く」
「そうですね」
ふわりとほどけるように二人は離れる。ストーブに温められているはずなのに空気を冷たく感じて、天音はそっと今までイツキが触れていた二の腕をさすった。




