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透明感のある、深い紅。
天音の手の上で、その精霊護符は光を溜め込んだように淡く光った。
「どうしようかな……」
本来、装身具であるはずなのに金具も紐もついていないそれは、身につけるには少し困った。仕方がないので、白金の台座に施された透かし彫りの隙間に、外套の首元を留める紐を通して結ぶ。
天音はそのまま、困惑したように眉を寄せた。
「そういえば、これ――会話できないのかな……?」
『できるぞ』
呟いた途端、頭に直接イツキの声が響く。襟元で輝くタリスマンを、天音は呆気にとられて見下ろした。
「え?」
『一応、無線機能はついている。――精度が悪いから、この距離での会話が精一杯だけど』
便利だろう。と、どこか自慢げに聞こえる声に、天音は思わず苦笑する。
「私だけ、ひとりで喋っている頭のおかしな人間に見えないでもないですが――。まあ、いいです。じゃあ、行きますよ」
『ああ』
イツキの返事を確認して、天音はようやく境界線基地を出た。
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――その昔。
およそ二十年に渡って、全世界を舞台に繰り広げられた『第二次機械戦争』。
世界で最も大きな大陸、《ユーラント大陸》もまた、その戦禍に飲み込まれた。
ここでは、大陸内を南北に分かれて国同士が争いあったが、その中でも特に領地が広く勢力を振るっていたのが、北方軍側の《アスピトロ公国》。――現在では、“首都”と呼ばれる世界最大の都市が置かれている国だった。
そんな“大戦”終戦から、今年で百年。
無事、春を迎えた“首都”最大の繁華街、“壁外”区域の西側には、多くの市民と旅商隊が集まっている。
アーティファクトたちの暴走――“災厄”が起きてから造られた都市は、多くがこの“首都”と同じように周囲を壁に囲まれた城塞都市だ。そして壁の外側には、人間の住むことができない不毛な土地が広がり、多くのアーティファクトたちが蔓延っている。
そんな荒れ地を、都市から都市へと渡り歩くキャラバンたちは皆、大きな装甲車に乗って旅をしている。
そのため、『遺物境界線』の内側には、この時期になると多くの黒塗りの装甲車が並び、その手前に店を出す商人たちでごった返していた。
「――人が、多い」
天音は、その人の多さに、思わず外套のフードを目深に被る。
『この人混みだと……目当てのものが見つかるかどうかあやしいな』
脳内に響くイツキの声に、天音はその場で少し背伸びをする。
「あっちですね。――探しものが何の店を出しているのか、それだけでも分かっていて良かったです」
天音はそう呟いて、更に人で溢れかえっている場所へと足を向ける。
「相変わらず――工業系の品物は人気がありますね」
“首都”は、荒廃しきった《ユーラント大陸》の内陸部に造られた都市で、資源が豊富であるとはお世辞にも言えない。
それでもここまで栄えているのは、唯一、《セイレント鉱》と呼ばれる鉱石が採れるためだ。蛋白石のように淡い虹色に輝くその鉱石は、その加工の簡単さと強固さから、機械部品や武器などの様々な用途に使用されていて、大陸の中では“首都”を中心とした一部の地域でしか採取できない。
大陸の他の都市との《セイレント鉱》交易と、街を守る“兵器”達によって、この“首都”は栄えてきた。