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「“管理者”……どういうことですか?」
「マザーと同じだよ。四都同盟加盟都市のダルグ、春苑、《エレブシナ王国》の“管理者”が完全に稼働を停止してしまっているらしい。――“首都”と違って、他都市の防衛は“管理者”に頼り切りになってしまっているからね」
的場の言葉は冷静だったが表情は険しい。天音は手渡された書状に目を通した。
――『ダルグの“管理者”、アリシア様がここ数日意識を失われたままだ。こちらは地区防衛を担っているアーティファクトたちが守っているが、状況は芳しくない』
――『青嵐がついていてくれているのだけれど、颯懍さまは目を覚ましてくれない。彼がいないと、春苑はアーティファクトに対する直接的な対抗力を失うことになるわ』
――『“首都”の『指定修繕師』、巫剣殿のお力をお借りしたいのです。我が国の修繕師たちも力を尽くしたのですが――エゲル様を直すことはできなかった』
手紙の差出人は、あの各都市の統治者たち。内容は的場の言ったとおりだった。
「各都市の“管理者”の修繕を私が?」
「女史にしか頼めない。僕としても“盟友”たちの危機を見過ごしてしまうわけにはいかないからね」
四都同盟という枠組みの中で、お互いに助け合うのは人情以上に外交の側面が大きい。それでも、的場が“首都”の利害以上に他都市の存続を願っていることは十分わかっているし、考えていることは天音も同じだった。
が、天音は静かに眉をひそめた。
「ダルグ――“首都”から一番近い都市でも、装甲車で最低三日はかかります。おまけに“首都”の修繕師は私一人だけです。私は、このタイミングであまり長く“首都”を離れたくありません――今回はあまりにもリスクが高すぎます」
“首都”防衛の要は“兵器”だ。そんな彼らの命をたった一人で預かる天音が、外部のアーティファクトによる襲撃が激化しているこの時期に“首都”を離れるわけにはいかない。
天音の言葉に、しかし的場は首を横に振った。
「女史の言っていることはもちろん分かるしそれが正論だ。でも、女史がいない“首都”以上に今の他都市の状況は苦しいものなんだ。ここやダルグみたいに自立した防衛機能が備わった都市ならまだいい。でも、春苑もエレブシナも“管理者”がその任をすべて担っている」
「わかっています、でも……」
「安全マージンをとれば、“兵器”たちの故障もそこまで気にしなくて良い」
「――それは百パーセントじゃありません。第一、」
「言い合うのはおよしなさいな」
徐々に熱を持ち始めた二人の会話を止めたのはマザーだった。ピタリと口を閉ざす二人に、マザーは優しく微笑む。
「“首都”が心配なのも、他の都市が心配なのもよく分かるのよ。でも上に立つものとして、感情的になりすぎるのはあまりよくないわ」
「「……」」
気まずそうに黙り込んむ二人。マザーは少し間をおいて再び口を開く。
「これは妾の意見だけれど……天音には他の都市の子たちを助けに行ってほしいわ」
「え?」
マザーなら合理的に考えるだろうと天音は思っていた。合理的に考えたうえでやはり天音を行かせることは“首都”にとってあまりにもリスクが高いと言うだろうと。
想像とは違う答えに驚くが、マザーの微笑みは崩れない。
「言ったでしょう? 嫌な予感がすると。妾は他の都市の“管理者”と直接会ったことは無いけれど、話をしたことはあるわ。みんな妾と同じ、都市を守る要であるから――彼らが倒れてしまっては、その都市は間違いなく崩壊してしまうでしょう」
「……」
「天音は“首都”のことが一番大事なのね。それはいけないことではないし、むしろ正しいことでしょう。でも、“首都”は“首都”単体で成り立つことはできない。他の都市と手を取り合って初めて、これだけの人口を擁しても一つの共同体として成り立っているの」
他の都市なくして“首都”は成り立たない。マザーの言っていることはこれまたもっともなことで。
「妾はあまねに他の子たちを直しに行って欲しい。“首都”の利益もそうだし、同じ“管理者”としてつらい気持ちはよく分かるの。あまねが行ってくれたら、きっとみんな救われるわ」
「……私がいない間、“兵器”のみんなはどうするつもりなの?」
天音の問いかけにマザーはいたずらっぽく瞳を輝かせる。
「そこで妾の出番よ。“兵器”たちができるだけ安全にこの都市を守れるように――少しの間なら妾だけでも大丈夫」
「無茶はしないって言ったでしょ?」
「あら、無茶なんてしないわ。あまねに迷惑をかけたくないもの」
マザーの瞳はじっと天音を見つめている。それを見つめ返して――天音は静かに息を吐き出した。
「わかりました……これも仕事です」




