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「……あ」
目の前を通り過ぎていったひとひらに小さく声を上げる。ひらりと足元に溶け消えたそれは、刺すような冷たさを孕んでいた。
『おい、イツキ! 雪だ!』
「はしゃぐな。ガキか」
耳元の無線から聞こえた興奮した声はアキラのものだった。ふっと息を吐き出すと、機械の体から出たものにも関わらずわずかにそれが白くけぶる。
「初雪だな」
『マジで寒いもんなぁ……って、まだ十一月終わってないぜ? 今年の冬はどうなっちまうんだよ』
眉の寄った表情が見えるようで、イツキはわずかに唇の端を持ち上げる。アーティファクトには寒さなんてなんでもないが――
「……天音がまた文句を言いそうだな」
『あ? なんか言った?』
思わず口を突いた言葉にイツキは首を横に振った。
「いや」
『あっそ……それより、ローレンがそろそろ戻ってこいってよ』
「了解」
途切れた無線のノイズに淡白に返事をして、イツキは『遺物境界線』に足を向けた。
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「お、イツキ」
「――おつかれ」
ベースのロビーに戻る途中で、さっきまで無線で会話をしていたアキラと出くわす。いつものシャツの上に羽織っていたコートを脱ぐ彼に、イツキは静かにため息をついた。
「寒さは感じないだろう」
「いーの! 雰囲気って大事なんだぜ?」
コートを腕にかけてアキラはニカッと笑う。
――ロビーに入ると、何故かふわりとぬくもりが身体を包みこんだ。
「あら、おかえりですわ〜」
「おかえりなさい、アキにい」
二人を出迎えたのは伏せた木箱を椅子代わりに座るアザレアとシオン。そして――
「……なんでコレがここにあるんだ?」
ぬくもりの正体、二人に囲まれて暖かい光を放つ機械ストーブだった。
「こんなとこに置いといて、誰が使うんだよ暖房器具なんて」
イツキが胡乱な表情を浮かべる。
機械ストーブやその他の暖房器具は、ロビーのような広い空間に置いておいても燃料を無駄に消費するだけだ。増して、アーティファクトしか集まらない場所に置く意味は皆無と言える。
そんな機械ストーブを不思議そうに眺めるイツキに、アザレアとアキラは顔を見合わせた。
「意外に使いますのよ、これが」
「そうそう。だって……」
アキラがなにか言いかけた瞬間、にわかに表からパタパタと足音が聞こえてくる。イツキが振り返ると、ひらひらとマフラーと髪をなびかせた人物が走り込んできた。
「うう――寒い……さ、むい……ストーブ……」
「ね。使う人いるでしょ?」
「だから言いましたの」
イツキの横をまるで転がるように駆け抜けて、ストーブに齧りついたのは天音だった。分厚いコートにマフラーでモコモコになった彼女は、それでもまだ寒さで頬を赤く染めている。
「……こいつ一人のためにストーブを焚いているのか」
「ふわっ!? び、びっくりした……イツキ、いつからいました?」
背後から横にしゃがみこんだイツキに天音は目を丸くして飛び上がる。ストーブにかざされた彼女の細い手を眺めて、イツキも同じように手を上げる。
「最初からいた」
「先生、そんなに寒いなら工房に戻ったほうが良いよ?」
口を閉じたイツキと入れ違いに、シオンがストーブ越しに天音を見て苦笑する。天音はむっと口を尖らせた。
「だって……今、工房のほうが寒いんですもん」
「ストーブを消してから外出するのは本当にえらいですわ、先生」
「おかげで工房に戻れなくなっちゃってますけどね」
顔を見合わせるアザレアとアキラ。天音はすん、と鼻を鳴らしながらますますストーブにすり寄った。
「寒い……」
「先生? そんなに近づくと火傷しますわよ」
アザレアの注意にも天音はストーブから離れることができない。
が――ジリジリと焦がすようなストーブの熱は、たしかに天音には少し強すぎる。
「もー、先生?」
「うう……あと、ちょっとだけ……」
困ったように天音が眉を寄せていると――不意に今まで黙っていたイツキが彼女の頬を両手で包みこんだ。